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2007年6月 4日 (月)

「♪気高い富士の嶺~」再び

忙中閑もなし。パソコン・クラッシュからのデータ復旧作業と月次の修羅場と、いろいろありまして。それに、この3週間、ほぼ連日の取材。ふだん怠惰な分、ちょいと疲れ気味。そんななか、母校の校長退任の集いに参加した。クラス担任も含め中高6年間お世話になった先生であり、初の生え抜き校長、その恩師の勇退を祝う会とあっては、まさしく「万障繰り合わせて」駆けつけた。
ここで以前も書いたように、同窓会もどきを忘年会として開いていて、師とは昨年の暮れにもお会いしていたから、特段には懐かしいというわけではなかったけれど、その会に一度も出席してこなかった級友たちとの再会は、卒業以来だから37年ぶり、これは興奮した。
そもそも、ひとりの校長の退職に際して、ある年に限った卒業生が謝恩会を開催するなんて、珍しいかもしれない。でもね、その事実からわかるように、とっても慕われていたのだ。300人すべてに愛されていたとは言わないが、参加者100人弱という数字のとおり、文字通り「恩師」なのだ。
とくに、ぼくにとっては、大学の先輩でもあり、担当の「古典」が得意科目だったりして、その名は心に刻み込まれている。
「校長」という肩書きで推測できようが、当時の先生たちは皆、すでに定年退職しており、この師のみが母校にとどまっていた。つまり、これで、わが母校に、教えをいただいた先生は居なくなった。一抹の寂しさ。学校そのものは不滅かもしれないけれど。その校名は、われらが卒業してから徐々に高まり、いまや超難関校とか。恩師は挨拶で「きみたちのおかげ」と口にしたが、それは事実ではない。ぼくら11回生は、その50年の歴史のなかで最低の大学合格率の記録ホルダーだ。おそらく将来にわたっても堅持するだろう。
同期のひとりがブライダルの仕事をしていることもあり、会は「イベント」として盛り上がった。「新郎新婦入場」ふうに恩師の登場をスタンディング・オベーションで迎えたり、その半生を数分の効果音付きDVDで紹介したり。海外に居る同窓生からは衛星中継でのメッセージも。会の模様をビデオ撮影したので、もう一度この感動を味わえるだろう。
ラストは母校の校歌の合唱。その冒頭が、この日記のタイトルだ。昨年末にも使用したが(12/18付け)再度の登板。1番だけ歌った。みんな、うろ覚えだったけどね。キーが高くて、当時、変声期のぼくらは、よく声を裏返らせたものだ。今回は、さすがに、オヤヂたちのダミ声、そんなことはなかったが。

蛇足ながら。37年ぶり、または少なくともここ10年は会っていなかった旧友の何人かに、ぼくが5年前に出した本のことを指摘されたのには、驚いた。実名と写真をさらしてはいるが、同書の略歴には出身校の名を明記していない。文中のどこにもヒントはないはずだ。にもかかわらず。そのうえに、「書く仕事をしたいって言ってたよな」とも言われた。驚愕である。持つべきものは友? でも、申し訳ないけれど、ぼくは、そのかれらの将来の希望を覚えていない。見られてるんだなあ……。柄にもなく、襟を正した。というのはウソだけど、40年近い時間の流れを一瞬にしてゼロとする、そんな力をもつ「同じ釜の飯を食った仲間」とは、げに、おそろしや。

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