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2007年6月

2007年6月30日 (土)

相方の涙

辛気臭い話をするのは、「相方」とのことがあるからで。読むほうは困るだろうけれど、ご容赦。ブログを始め、自分自身のことにたくさん触れてきたからには、一度は通らなくてはならないポイントかな。ここでは過去の事柄を幾度も書いてきた。かなり私的なネタも少なくないよね。いまの「相方」が21年連れ添った結婚相手ではない事実に関して、嘘をつかずに書き続けるのは、ちょいとシンドイのだ。

さて。「相方の涙」を続けよう。「ドーンと落ち込むこともある」と書いた。そんな表現ではもちろん足りない。唐突に生涯の伴侶を喪ったんだもの。医者に宣告されてから1か月余、何の覚悟も決められなかった。最期をみとることができたのは、最大の不幸中の最小の「幸い」だったけれど。とにかくも、自失状態。「先達の例に倣いそうになったこと」のもう1回は、このころの心情。幸い(?)ぼくは、あの世も天国も信じていないので、後を追っても、再会は叶わない。だから、こうして生きているけれど、でも、ぼくの人生は終わったと思った。
そんなとき、ぼくは、彼女と会う。繰り返そう、人生はドラマチックだ。
前述した「ファーストコンタクト」から3年ほど経っていて、仕事を一緒にしたりする、仲間との飲み会のメンバーでもある、親しい友人のひとり、というところだったかな。8月3日金曜日、ぼくは仕事で、彼女の住む千葉市を久しぶりに訪れた。せっかくなので昼飯を食うことにした。「涙」はコーヒータイムに登場するのだが、実はそのころ、ぼくは、とあるテーマでセミナーの講師をしていた。担当は東京だったのだが、千葉の担当者(これまた知り合いの女性)の都合が悪くなり、代打ちを頼まれた。そうした偶然の重なりがなければ、その日に彼女と会うことはなく、連れ合いを亡くして混乱する自分を見せることもなく、そして彼女の涙を見ることもなかったはずだ。
代講は、後にも先にもない。そのときだけ。千葉にわざわざ行く理由は考えにくい。顔を合わせる機会はあった。でも、1対1で会うのとは雰囲気が違う。それに、数か月が過ぎていれば気分も変わる。あの日がなければ、おそらく、「いま」はない。「いま」というのは、その後にぼくが千葉に引っ越してきたり、彼女を相方と呼ぶようになったり、てことね。「相方」なのは、入籍していないからで、一緒に住んでもいないから事実婚でもなく。「連れ合い」でもいいかもしれないが、そういう言い方をすると、たいていの人は「奥さん」だと勘違いしてしまう。相方でも似たようなものかもしれないが、ぎりぎりセーフじゃないかな。もっとも、役人的理解では、ぼくらは、単なる「恋人」なんだろうね。
そんなわけで、「愛」と書いたが、正しくは「始まり」に過ぎず、言い換えると、その瞬間、彼女の優しさに触れたのだ。これも厳密に言えば、優しさそのものではないかもしれないが、心理分析とかを論じているわけじゃないから、ま、そゆことに。優しさだと思うには、しかし、なお時間が必要で、そのときのぼくに、そんなことを感じる余裕はなかった。でも、彼女の心の少し奥の部分を垣間見た。かっこよく言えば、本質的な人間性かな。もっとも、相方は「あのときの涙は一生の不覚」と反省しているそうだ。残念だね、後悔先に立たず。「雨の中のズブ濡れの犬に対する哀れみ」らしいが、まあ、なんとでもおっしゃい。同情でも何でもいいさ。彼女の存在で、ぼくの魂は救われたのだ。それは確かな事実。
だから、ぼくは、相方にアタマが上がらない。週末の今夜もこうして独り寂しく(酒は飲まずに)ブログを書いている。この先2週間くらいは、互いの仕事の都合などで会えない。それでもグチひとつ口にできない。そんなこと言ったら、「彼女がいてホントに良かったね」とする、彼女のシンパが黙っていないだろう。翁にもお叱りを受けること必定。静かに寝ます。あぁ、正しくは「朝生」見るんですけどね。

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2007年6月29日 (金)

週末・月末・前期末

前項のラストで唐突に「愛」を語り始めてしまい、目が点(・_・)の読み手諸氏(数人^^;)。めちゃくちゃ説明不足、すみません。一部には、そのあたりの事情をよく知る人もいらっしゃるけれど。いかに「公私融合」とはいえ、一応「匿名ブログ」でもあるし、あまりにプライベートな事柄ゆえ、ストレートには書けません。
と言いつつ、「そのこと」に触れようとしているのは、今年のカレンダーが6年前と同じだから。
たとえば2001年の6月29日も今年も金曜日です。過去を振り返るとき、日付はもちろん第一義的な要素、だけど、曜日も同様ですよね。去年の6月29日は木曜日だった。そこに何かの思い出があるとき、木曜日という事実も大切でしょ。ですから、1年前や2年前なら記憶も定かで、強烈に覚えている事柄であれば昨日のことのように思い出せるわけですが、残念ながら曜日がズレているので、「去年の今月今夜~」とミエを切るには、ほんのちょっぴり、違和感がある。その違和感が、要するに「時間の流れ」だと思います。で、5年も経つと、記憶は薄れ、どれほどのショッキングな出来事でも、さすがに「過去の話」になっていく。ところが、6年というのは微妙な経過で、曜日が元に戻ってしまうのです。6年前も今年も6月末日は土曜日で7月は日曜日から始まる。
ちなみに、6年前も7月29日の日曜日に参院選が行われています。このときも国会は延長されたのかなあ。そこまでは覚えていない。けれど、この選挙については、いささか思い出がある。後述(のつもり)。
ところで、その6月29日金曜日夜、ぼくは、都内で仕事の打ち合わせをした。当初は週明け月曜日のアポイントメントだった。多少は急ぐ内容だったけれど、たった3日のこと、一度決まった予定を早める必要は特にはなく。なんとなく、その約束を前倒しにしたのだ。まさに、なんとなく。
事後、その相手に確認した。親しい仲間でもあるので、ざっくばらんに尋ねたのだが、先方の都合などではなく、当方にもやはり「早める理由はなかったと思う」と。どんなに記憶をまさぐっても、どうして変更したのか、わからない。予感など、まったくなかった。虫の知らせ、みたいなものも。何もなかったとは思うけれど、結果的には、無意識の予知だったのか。最初の約束のとおりに、もし7月2日の夜に打ち合わせをしていたら、もとより10分20分で終わるものでもなく、都心で会って、夜だから酒も入って、そして、当時の居住地(埼玉県)まで帰れば、まちがいなく9時は過ぎる。実際、金曜日の帰宅は夜遅くだった。
本当に、人生とは不思議なものだ。ドラマチックだと前項で書いたとおり、一寸先のことすら、わからない。いや、一寸先のことだから、かも。今夜は関東地方、雨の予報。午後からずっと、いまにも降りそうな気配で、確実に降るのは容易に予想できる。が、ぼくの周囲で、いつ降り出すのか、という限定的な予測は、そこそこ難しい。気象庁なら? まあ、専門家だしなあ。でも、かれらも結構、外すよね。だいいち、発表では降水確率は50%。ぼくとしては100%確かだ。ただ、何時何分から、これが問題だ。(蛇足・夕刻、ついに雨音が聞こえてきた、そして、夜中にはあがった)
人生にシナリオがあるとしても事前に読むことはできない。占いでも、「来年、結婚相手と出会う」とか漠然としているし、時間的にも範囲が広い。予言みたいなものも、解釈次第。運命なんて、そんなものだよね。個人の1秒後のことや明日の詳細な予測は、不可能なのだ。予見できない。だからこそ、おもしろいんだけどね。人生には、でも、おもしろくないこともあったりして。
さて、結果的に、7月2日の月曜日夜の約束は消えた。おかげで、ぼくは、妻の臨終に立ち会うことができた。

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2007年6月28日 (木)

「女らしさ」

そんなわけで(もはや、ほっといてね~)、前項へのコメントにもあるように、ぼくは、相方のことが大好き(って、どこにそんな記述が……)なのだが、それは、彼女が「女らしい」からか。一般に、「男らしい」女性に惚れるのは難しい。でもないか。人それぞれだよね。でも、まあ、ふつう、ね……。よくは知らないが、怖いキャラで有名な女子プロレスラーの何とかさん、同業の夫からしたら、試合のときは勇猛果敢であっても(だから評価することはあっても)、プライベートでふと見せる「女っぽさ」にギブアップしたのではないか。勝手な推測だけど、しかし、人間としての優しさは大切だろう。

ぼくが「男らしさ」に違和感を覚えるのは、そこに「常に強くあれ」という、信仰めいた欺瞞もしくは願望を感じるからだ。人は、弱い。全人類を何回も繰り返し殺せるほどの破壊兵器を大量に所有することで世界最強のアメリカが君臨している事実。ぼくらは武器なしに強くなれない。そこで、気持ちとか感情とかを、強く持つことが期待される。何かしらの目的達成のために強い意思で頑張るわけだ。そして、結果、生まれるストレス、その解消のために酒を飲み、遊び、「オン」から「オフ」への切り替えを願う。
人は弱いというところから出発すればいいのに、「マッチョ」タイプほど認めないから、苦しさが際立ち、「オフ」モードへの切り替えもうまくいかず、果ては、違法行為に手を染めてまで開放感を求めてしまう。そんな例はイヤというほど世間にある。ぼくは、前述・翁の「公私融合」論者だから、「オン」「オフ」は限りなく曖昧にしたい。「オン」でもストレスを溜めないよう努めている。そのかわり「オフ」でも完全には仕事から解放されないけれど。

人間の弱さを教えてくれたのは太宰治。同時に、弱いままでもダメだとも。強さの必要性は三島由紀夫に習った。同時に、強くあらんとの欲求の儚さも。二人とも自死した。その轍は踏むまいと考えた。弱さと強さとの間をヘラヘラと生きていこう。なかなかに難しくはあるが。人生はそれだけでドラマチックだから、そりゃ、いろいろと心も揺れる。先達の例に倣いそうになったことも、2度ほど(うち1回は以前、ここに書いた。もう1つについては、いずれ)。

ぼくは、「女の弱さ」を盾にするのは嫌いだ。涙を見せれば男は落ちる? アホぬかせ。元始女性は太陽なのである。人間としての弱さなら、いいけどね。人としての弱さを知る女性は、強い。強いけれど、その強さを盾にもしない。そんな女性が好きだ。相方は、そういう人物である。どちらかといえば、男っぽい性格だなあと、ときおり感じる。歩んできた人生に起因するものだろう。本人は否定するかもしれないが、自分の足で頑張って歩いている、その姿は、凛々しい。負けず嫌いなだけかもしれないが。泣きたいこともたくさんあったろうに。といって、「女らしい」面も持っていることを、ぼくは知っている。「優しさ」は弱さでも強さでもない。女の専売特許でもなく、もちろん男のそれでもない。
そんな彼女が、一度だけ、ぼくの前で涙を見せたことがある。その瞬間が、いまに通じている。あの涙がなかったら、ぼくの相方にはなっていまい。げに、女の涙は最強の武器だ。なんだか、矛盾に満ちた話のようですね。うん。でも、本当のことなんだもの、仕方ない。人生なんて試行錯誤の連続。右往左往するもので。ガチガチに固めたイデオロギーで生き抜くには、いささかシンドイ。ドーンと落ち込むこともある。その一瞬に、「女らしい」一面をみてしまうと、これは、もう、愛です。

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2007年6月27日 (水)

プロらしさ

ひとつの(ふたつでもいいけど)分野で見事な実績を示したプロフェッショナル(正確には「アマ」だとしても)を、とある企業のCMに起用する手法、全否定はしないけれど、たまに、まったくのミスマッチじゃんって思う。コマーシャルの世界ではシロウトなんだもん。有名人を使えばイイってもんじゃなかろ~と、言っても詮無いことか、政治の世界がねぃ……。
で、その典型が、ある若手のスポーツ選手。競技会でのテクニックやパフォーマンスは、ほとんど関心のないぼくが見ても、実にすばらしい。まだ「こども」なのにと思うと、天才だという評判にも納得。しかし、しかしだ。たしかに、彼女の笑顔は、試合の最中(&直後)には感動的だけど、テレビ画面の中では、最悪。演技など、まったくできていない。ただ、ニコッとしているだけ。ぼくには、それがアホ面に見えてしまう。
まあ、一般的には、そういうものなんだろう。どんなジャンルにおいてもプロである人間なんて、そうそうはいない。野球のイチローがドラマに特別出演したとき、さすがに大リーグでも活躍するプロは違う、と感じたけれど、これは例外中の例外だし、あえて言えば、その演技は「素人としてはスゴイ」というべきもの。歌の上手いお笑い芸人も少なくないが、プロの歌手には敵わないし、芸人として第一級かと問えば、ベスト100には入るとしても、やや疑問。
もちろん、「芸」の域を拡大することに異議を唱えるものではない。けれども、自分の守備範囲ですらトップ・プロであり続けるのは至難だ。プロとしての矜持があるなら、何でもかんでも手を出していいわけではあるまい。それでなくても最近、プロらしいプロが減っている。どんな場面でもそこそこ、というセミプロが蔓延しているように思う。

そういうお前はどうなんだ、と責めないように。原稿を書いても、取材をしても、雑誌や新聞を編集しても、制作しても、それはそれなりに(別世界の人には「1つの分野」に思えるでしょうが、詳しく言えば、それぞれに仕事内容の違う分野であり、その才も異なるのです)、何とか合格点以上にはこなすけれど、いずれも「トップ」じゃない。パソコンもネットも、世間相場からすれば早期に手をつけたが、写メは初心者、光は未だ。首は突っ込んでも、本体まではなかなかだ。「どんなことに対しても一所懸命になりすぎるからよ」と、かつて相方に言われた記憶がある。「ミョーに完璧主義者なんだからぁ~」、結局は息が続かず半端なままに終わってしまう、ということで、まったくもってプロらしくない。
まあ、しかし、何事も極めるのは、シンドイ。「だったら、ひとつだけにしとけばいいのに」。おっしゃるとおり。でもね、好奇心が旺盛でね~。新しいもの、おもしろそうなもの、自分にはないものに、すぐ目がいってしまう。「女性にも?」「もちろん」。「じゃあ、覚悟を決めてからにしなさいね」とは言わない相方、やさしい? いいえ、いいえ、このトシで、そんなバイタリティが残っているとは信じない、エライ相方なのだ。からかっている? 滅相もない。彼女は、ぼくの命の恩人なのです。
なんだか、竜頭蛇尾、と申しましょうか、脱線はなはだしく。これにて店仕舞い。

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2007年6月26日 (火)

「らしさ」って何だろ

そんなわけで(どんなわけじゃいっ、と突っ込んでくださいね、おやくそく)、どうも最近、ぼくは「らしさ」にこだわっているようだ。別な言い方をすると「分」(ぶん)。置かれた立場や身分という意味で、「分際」となると、やや否定的なニュアンスになるかな。ここ10年くらいは「身の丈」とも言い続けている。
このところ世間を文字通り騒がせている社長サンやら総帥サンやら、企業トップのみなさん、分相応の生き方をしてらっしゃらないのか、テレビ画面を通した顔立ちは、あまりにも醜い。実際の人柄を知らないので匿名にするけれど、その表情には、世間に顔向けできない「いや」「らしさ」が漂う。そう思いません? 人の顔は、やはり内面を反映しますよね。
報道によると、その「成金趣味」はあまりにも「らしく」て、笑っちゃいます。はい、ぼくは、かれらを「カリスマ経営者」だとか「時代の寵児」とか思いません、やつらは、ただの「成金」です。去年まで(いまもかな)大騒ぎのL社のHはITとは無縁の、実業を持たぬ山師でしょ。G社の隆盛は、本業でどれほど「ピンハネ」したのか察せられます。
そうした虚飾がいつか剥がれることを期待していたぼくとしては「ざまあみろ」なんだけど、またもや論旨がジグザグ。

それにしても「分相応」は難しい。サッカーくじで6億円当てた人、ムリだろうけれど、是非インタビューしてみたい。「その後」を追い掛けたい。そんな大金、手にしたら……、人生を狂わせない自信など、ぼくにはまったくない。1億までなら、きちんと計画を立てられる。立てた(笑わないで)。が、宝くじの3億円でも、使い途に困る。自家用ジェットなど欲しくないし、100坪以上の家にも住めない、広すぎて、掃除が大変だろし。
わが両親は六本木ヒルズを間近に見る地域に長年居るが、たしかに交通至便、でも「ほうれん草がこれだけで300円よ」と嘆く母の声に、近所のスーパーなら2倍の量で200円だよなあと思うぼくは、都心の一等地へのためらいを隠せない。
「身の丈」で生きる。理想だが、現実は、なかなかに……。

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2007年6月25日 (月)

こどもなんてどうでもいい

前日のネタの続きみたいになってしまうが。そりゃそうだ、書いてる当方としては、時間的に連続していて、意識はもちろんつながっている。
「こども」の扱いが最近、おぞましい。「こどもらしさ」は、もう死語なのか。

たとえば、テレビ番組で。妙に大人びた言動のこどもを、出演者が笑ったりするシーンに違和感を覚える。番組スタッフと「ため口」のガキは、本来、否定されるべき対象だが、そこを笑うのは、あくまでも「嘲笑」ではないのか。「純真」なはずなのに色気づいた「告白」をする、その可笑しさは、際物ではないのか。つまり「ズレ」だよね、建前と本音との。それを、ゴールデンタイムに「家族みんなで微笑ましく」観る。それでいいのか。「良い子が見ない」深夜放送の「本音丸出し」の範疇だろう。
極論すれば(と言いつつ、そんなに過激だとは思っていないけれど)「純真無垢」は「厚顔無恥」の同義語でもあるのだから、生意気なガキのオバカな喋りを、無前提に、おとなが拍手し歓迎してしまったら、やつらは「これでいいのだ」とばかり、傲岸不遜になろう。正しくないことに気づかず、勘違いしたまま成長したら、アホなおとながひとり、また増えるに違いない。

少し横道に入るけれど、たとえば映画。サスペンスまたはミステリーの類で、こどもが登場すると、もういけない。この子は、どんなに危険な状態に陥っても、まず死なない。ストーリーは、それで読みやすくなる。父親が「待っていろ、必ず助ける、約束だ」なんて口にしたら、あぁ、ダメだ、幼子は無事でも、このお父さんは還らぬ人になると思って間違いない。展開への興味は半減する。
フィクションとはいえ、こどもを殺すことに、世界は、つまりハリウッドと日本は、ためらう。どうしてなんだろう。パニック映画で、老人は、常に、こどものために自らの命を投げ出す。やるせない。なかには、単なるワガママでこどもの命が危険に晒された結果だというのに。ぼくは、そんなガキに同情しない。まして、人生の記憶などほとんどもたない者のために、どうして、長年連れ添った老夫婦の一方が身代わりにならなくてはいけないのだ。50年、その時間に値するほどの存在なのか、こどもとは。そんな筋書きを、ぼくは明確に拒絶したい。

要するに、こどもぎらいなだけ? そうではないと思うんだけどなあ~。なんにしても、論旨が相当に乱れてはいるね。なにせ睡眠不足なもので。

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2007年6月24日 (日)

梅雨入り宣言なんてどうでもいい

ようやく梅雨らしくなってきた。やはり、夏は夏らしく暑く、冬は冬らしく寒く、梅雨は梅雨らしく雨の日々、それがいい。体型的に暑いのは苦手だし、年齢とともに寒さへの順応度合いも低下してきたが、なにより傘を差すのは大嫌いだが、「らしさ」は必要だろう。
なんてこと書くと、クビをしめるか。そもそも「おまえらしくないぞ」との声が聞こえてきそうではある。

55歳のオヤヂらしく責任ある日々を送っているのかと問われれば、けっしてそんなことはない。父親らしく子供に接したかと責められれば、育児は母親任せだったなあと反省。地域に暮らす者としてコミュニティを尊重したかと尋ねられれば、隣近所で顔と名前の一致する例ひとつふたつ、3軒くらいはあるかな。サラリーマンらしく会社に尽くしたかと訊かれれば、仕事は愛したが組織は肌に合わなかった。
男らしく、なんて言葉を耳にしたら、食ってかかったものだ。若いころ、ショッキングピンクのシャツを好んで着たり、強くたくましく生きたいなんて思わないとウソぶいたり、大学の入学祝いに犬のぬいぐるみを要望して顰蹙を買ったり。
記念日をよく覚えていると呆れられたこともある。だけど、大切な人との出会いは忘れがたい。学生当時のカノジョとの親しくなっていくプロセスはつぶさに記憶している。30年を経ていまなお誕生日を即答できる。それは、「男のくせに」と言われるようなことなのか。
結婚記念日を失念したことなど一度もない。「あなた、きょうは何の日? まさか忘れたんじゃないでしょうね」と妻に睨まれ狼狽するシーンなど、ドラマのフィクションとしか思えない。毎年、結婚記念日を祝った。それは、「男らしくない」ことなのか。
相方とのファーストコンタクトは6月3日深夜、日付のうえでは4日。そのほかの「記念日」も諳(そら)んじているが、そんな男は珍しい存在なのだろうか。彼女とのメールに絵文字を多用するのは、オヤヂらしくない? そんな……、だって、楽しいじゃん。
男は泣かないもの? そりゃ、ちょっとした出来事で簡単に涙を見せるのは、いささかみっともないとは思う。けれど、人間には、一生に幾度か、慟哭の一瞬がある。そんなときにでも涙をこらえるのが男らしい? ぼくは、断じて認めない。

「らしさ」という価値観に対して、猛烈に反抗してきた。ただの天邪鬼? まあ、たしかに、それだけのことかもしれないけどさ。

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2007年6月 4日 (月)

「♪気高い富士の嶺~」再び

忙中閑もなし。パソコン・クラッシュからのデータ復旧作業と月次の修羅場と、いろいろありまして。それに、この3週間、ほぼ連日の取材。ふだん怠惰な分、ちょいと疲れ気味。そんななか、母校の校長退任の集いに参加した。クラス担任も含め中高6年間お世話になった先生であり、初の生え抜き校長、その恩師の勇退を祝う会とあっては、まさしく「万障繰り合わせて」駆けつけた。
ここで以前も書いたように、同窓会もどきを忘年会として開いていて、師とは昨年の暮れにもお会いしていたから、特段には懐かしいというわけではなかったけれど、その会に一度も出席してこなかった級友たちとの再会は、卒業以来だから37年ぶり、これは興奮した。
そもそも、ひとりの校長の退職に際して、ある年に限った卒業生が謝恩会を開催するなんて、珍しいかもしれない。でもね、その事実からわかるように、とっても慕われていたのだ。300人すべてに愛されていたとは言わないが、参加者100人弱という数字のとおり、文字通り「恩師」なのだ。
とくに、ぼくにとっては、大学の先輩でもあり、担当の「古典」が得意科目だったりして、その名は心に刻み込まれている。
「校長」という肩書きで推測できようが、当時の先生たちは皆、すでに定年退職しており、この師のみが母校にとどまっていた。つまり、これで、わが母校に、教えをいただいた先生は居なくなった。一抹の寂しさ。学校そのものは不滅かもしれないけれど。その校名は、われらが卒業してから徐々に高まり、いまや超難関校とか。恩師は挨拶で「きみたちのおかげ」と口にしたが、それは事実ではない。ぼくら11回生は、その50年の歴史のなかで最低の大学合格率の記録ホルダーだ。おそらく将来にわたっても堅持するだろう。
同期のひとりがブライダルの仕事をしていることもあり、会は「イベント」として盛り上がった。「新郎新婦入場」ふうに恩師の登場をスタンディング・オベーションで迎えたり、その半生を数分の効果音付きDVDで紹介したり。海外に居る同窓生からは衛星中継でのメッセージも。会の模様をビデオ撮影したので、もう一度この感動を味わえるだろう。
ラストは母校の校歌の合唱。その冒頭が、この日記のタイトルだ。昨年末にも使用したが(12/18付け)再度の登板。1番だけ歌った。みんな、うろ覚えだったけどね。キーが高くて、当時、変声期のぼくらは、よく声を裏返らせたものだ。今回は、さすがに、オヤヂたちのダミ声、そんなことはなかったが。

蛇足ながら。37年ぶり、または少なくともここ10年は会っていなかった旧友の何人かに、ぼくが5年前に出した本のことを指摘されたのには、驚いた。実名と写真をさらしてはいるが、同書の略歴には出身校の名を明記していない。文中のどこにもヒントはないはずだ。にもかかわらず。そのうえに、「書く仕事をしたいって言ってたよな」とも言われた。驚愕である。持つべきものは友? でも、申し訳ないけれど、ぼくは、そのかれらの将来の希望を覚えていない。見られてるんだなあ……。柄にもなく、襟を正した。というのはウソだけど、40年近い時間の流れを一瞬にしてゼロとする、そんな力をもつ「同じ釜の飯を食った仲間」とは、げに、おそろしや。

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