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2007年5月 4日 (金)

長電話

仕事が一区切りし、さあてメシでもと。すると、近くで女性の声が。相方ではない。この瞬間、隣町にいましたから。それに、もっと若々しい。って、いや、それはともかく。テレビ? ラジオ? 違う。外からのようだ。ウチはマンションの1階なので、ベランダに面した仕事部屋にいると、その向こう側の駐車場に出入りするクルマの音が、夜は特によく聞こえる。きょうは夏日、だよね、たしか。ま、いいや、とにかくも、半袖シャツ1枚でも十分の暖かさで、窓を全開していた。道往く人の会話が聞こえてきても不思議ではない。サッシ越しに見ると、果たして若い女性がケータイしていました。
深刻ではないけれど、楽しい話題でもないような。話し相手は友達か。ほんの一瞬でそう推測できるって人間の脳の力はスゴイ。さておき。冷蔵庫をチェックして野菜がないのを確認、買い物に出ようと身支度しつつ、ついつい話が耳に届く。どうやら、不適切な関係に陥っているらしい友人の女性からの相談か。戸締りしようと思ったのだが、何だか、窓を閉める行為がわざとらしく感じられて。この電話、簡単には終わらないような気もしたので、勝手に「用心棒」役を依頼、窓は開けたままに。
スーパーへ向かう際、それとなく。20代後半かな、ここの住人ではなさそうだ。と断言できるほど近所づきあいがあるわけではないけれど。外出の格好で、すでに少なくとも30分は喋ってるんだからね。買い物から戻るまで、あと10分くらいは続けてちょうだいな。でも、通りすがりなんだろうから、電話は切らなくても、どこかへ去ってしまうかもしれない。だとしても、まだ陽のある時間帯、大丈夫だろう。でも、案外、こんなときに限って、かも。などと優柔不断しながら戻ると、杞憂。話は続くよ、どこまでも? あぁあ、座り込んでるよ、おねーさん。ナンダカナア……。
夕飯の用意。盗み聞きに集中したいところだが、いんや、こちとら家の中に居るのだから「盗んで」はいないぞ。なにより空腹でもあり。はい、できました。いただきます。うむ、話し声は依然。まちがいなく1時間を超えている。テーマは同一? みたいだが、聞き耳を立てるほどヒマじゃない。テレビを見つつ。ごちそうさま。
仕事に戻る。宵の口。手許のキーボードが薄暗い。蛍光灯を点ける。カーテンを閉めよう。でないと、外から丸見え状態になってしまう。何にも悪いことしていないのに、お喋りおねーさんに配慮、派手な音が立たぬよう。ぼくって意外にエエやつやろ?
で、これ、ブログに書いてやろうと。書き始めて、ふと気がつくと、声が聞こえてこない。確認。うん、姿はない。話は終わったのかなあ。2時間半だものね。でも、終わらないまま立ち去っただけかもしれない。どこへ? おそらく近くに住む人だろう。家ではたぶん、家人の耳を気にしなくてはならないのかも。じゃ、外では、周囲への考慮は必要ないのか?
一言、ノーガキをたれようかと思ったが、日付が変わりそうなので、やめる。けど、他人に聞かれる心配をしないでいられるのは、羨ましいね。カンドー。

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コメント

携帯が普及してから、こんな風に連絡を取り合う人が増えた。
それで老愚生は、情報社会には「擬似家族」が増加し、それに伴って「家長」の力が低下した。それを前提に、フラットな「新家族」を成長させようと呼びかけている。・・てなことを『公評』誌4月号に書いたのでした。

投稿: seigu | 2007年5月 5日 (土) 08時18分

翁、読みもせずにアレコレ言っては無礼ながら、
>>それに伴って「家長」の力が低下した
そうでしょうか。「家長」の権威を失墜させたのは、いまごろ話題の「団塊の世代」の、妙な物分かりよさ、では? もちろん、かれらが「高度成長」の名の下に質的な「家」の大切さを無視したことも大きな要素でしょうが、それらの結果として「家族」の垂直なヒエラルキーが弱まり、そこへ情報社会がやってきて----と。

投稿: hiperk | 2007年5月 7日 (月) 15時50分

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