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2007年3月 9日 (金)

「きょうだい」を知らない

たまさか、妹の誕生日を一緒に食事をして過ごすことになりました。初めてかも。子どものときは、もちろん家族と住んでいたわけですから、何かしら世間相場のお祝いをしていたはずですが、覚えていません。プレゼントを贈ったこと、なくはないでしょうけどね。
年がけっこう離れているので、小学校にあがって、やっと兄妹でまともな会話が成立するようになったら、アニキは大学生、やんちゃな生活を始めてしまい、家に居つかなくなった。勉強をみてやったとか、遊んでやったとか、そんなことはたぶんしなかったんでしょう……。
中学生なるあたりで、ぼくが渡米、生活は完全に分離し、セーラー服姿に記憶全く無し。2度ばかり、両親と共にアメリカにやって来たので、顔を合わせました。それは、うん、忘れていません。とくに、夏休みのハワイは。何故って、当時、こっちは週刊紙の記者でしたから、サマーバケーションどころではない。何とか土日を利用してロサンゼルスから飛んだ。週末を楽しく送るアメリカ人の多さは言うまでもなく、よって、金曜日の夜、フライトは満席。仕方なく、ファーストに乗った。大した稼ぎを得ていなかったのに、無理をしました。まあ、久しぶりのファミリー再会。大切な「絆」には勝てません。
帰国したときは当方、すでに所帯を持っていましたから、当然、世帯そのものが別。そりゃ、こんどは同じ都内の居住だから、接する機会も多かったんでしょうけれど、青春している妹のイメージがありません。日芸に進学したことは、なんとかメモリに残っています。そのうち、わたくし父親になんかなってしまいまして、正直、妹どころではなくなった。
その後、妹とケンカしたわけではないのだけれど、いろいろありまして、結果的に没交渉。相手の男性のことは知っているが結婚式には欠席。何年かぶりに会ったときは旧姓に戻っていて。ここ10年は、少なくとも疎遠ではなくなった。
それにしても、いまは瞬間的に、そこそこメールのやり取りなんかもあって、人並みに「きょうだい」していますが、「妹」と呼ぶのにすら違和感があるほど、その存在をうまく受けとめられません。あちらは、当たり前のことだけど、生まれてからずっと「兄」という存在があるわけで。でもね……、ぼくには、よくわかんない。何が? って、何もかも。
ほとんど接点がなかったので、兄らしいこと、何もしていないし。相談相手になったこともないし。メシを食ったり酒を飲んだり、あとは「兄妹」らしいことって何があるのか、それすら見当もつかないほど。逆に言えば「パシリ」にしたこともないけれど。ただ、まあ、以前も書いたけど、音楽の仕事をしていて、その関係で、麻丘めぐみとツーショットできたのは、いちお、妹のおかげかな。
どうやら再婚の意思はないようなので、当分、同じ姓でいることになるでしょう。だから「肉親」という感覚はあるにはあるのですけどね。
ちなみに、そんな距離感の妹の誕生日を認識しているのは、相方と1日違いだから。というのは、半分ウソで、半分は事実です。

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コメント

書き込みしやすいのでひとこと。
お妹さんによろしく。初ご挨拶を。

いま、鶴見和子『遺言』(藤原書店)を読んでいます。巻頭に内山章子筆の「姉・鶴見和子の病床日誌」があります。5月31日に和子先生が背骨の圧迫骨折をした日から7月31日午後12時23分に息を引き取るまでの記録です。内山さんは実妹。1995年に倒れた日の翌朝に見舞ってから、実に甲斐甲斐しくお世話をしてくれていたようです。
和子先生はこのところずっと、京都の有料老人ホームにいたのですが、弟の俊輔氏夫妻の世話があり、それを章子さんが娘さんと助けたということのよう。

老いての独身は、辛いところがあるでしょう。安心して逝くには、やはり親族の世話、支えがあるといい。

そよそよと宇治高原の梅雨晴れの風に吹かれて最後の日々を妹と過ごす

「私にしては静か過ぎるかな」とつぶやいた歌。
そんな歌が「逝く刻々」の記録の間にちりばめられています。

最後は、「しあわせでした。しあわせでした。しあわせでした。ありがとう」
「いやなこと終わりました」と言われたそうです。その「いやなこと」は、痛みや自由にならないことを言っているのかと思います。

和子先生は、旅立ちにはきれいな顔で美しい着物を着てと望み、叶えられたとのこと。

この『遺言』は、この五、六年の文章、講演記録を拾う形で編まれており、晩年の鶴見和子を一望するのにいい。老愚生としては、この本の作り手の藤原良雄氏の存在が貴重なものと思えました。

どうぞ、お妹さんとの伴走にご努力を。それが相方さんの安心にもつながりましょう。

投稿: seigu | 2007年3月10日 (土) 08時22分

翁、コメント、ありがとうございます。
妹は、このブログの存在を未だ知らず。どうやって伝えましょうかね……。翁とは、でも、5年前の今月某日、とある集まりで袖触れ合っています。いずれ近いうちに、ご紹介させていただく機会、ありや。

投稿: hiperk | 2007年3月10日 (土) 22時55分

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