« 2007年2月 | トップページ | 2007年4月 »

2007年3月

2007年3月28日 (水)

ご案内

知人のすすめで、絵心も、花を愛でる心も無い、無粋な小生が、たまさか忙中閑ありで、「宮山広明 銅版画展『花見たて 源氏物語 五十五帖』」という個展に足を運びました。

あの「源氏物語」を銅版画で表現してみた、というユニークな試みです。とはいえ、源氏物語は、学校時代に触れた程度。例の有名な冒頭の一文は、誰しも一度は暗記させられたのでは。遠い昔のことゆえ、間違うと恥なので(わたし、文学部ですからね)書きませんが。「桐壺」に始まり「空蝉」「夕顔」「末摘花」「澪標」といった各帖の名前の語感に惹かれたものです。「源氏名」の由来ですね。

中高時代、古典の成績は良かったのですが、志向は現代文学だったので、いまに至るまで現代語訳も意訳本もまともには読んでいません。テレビドラマまたは映画なら、見たことあるかな。好きな女優、天海祐希が主演した、「千年の恋」とかいうタイトルだったか、それは記憶している。漫画で、という女性は少なくないかも。「あさきゆめみし」という作品が、わたしでも知っているほど、有名ですよね。

詳しいことは、このブログで「翁」と呼ぶ、前述・知人にお願いして、花鳥風月に無縁の小生、さっさと去ります。

この個展、今月末まで、東京・日本橋本町の「アートスペース ユーメリア」で。
http://www.artspace-eumeria.com

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年3月24日 (土)

恐るべし、ケータイ

なんだか、たかが桜の開花をめぐるネタで、えらそーなことを書いてしまいました。悪いクセです。でもね、立春前に満開だというなら、もしくは入梅後も蕾のままというなら、そりゃ大騒ぎすべきですけど、結果は例年通り、3月下旬から4月アタマにかけてが花見シーズン、さしたる不都合もなく。瑣末なことで右往左往している場合ではないだろう、いまのニッポン……、いかんいかん、またまた声高になってしまった。翁を見習い、心穏やかに……。

バランスをとるために、軽~~い話を。というほどマトモな内容ではなく。ちょっとした報告。いや、それでも、大袈裟すぎるか。いえね、相方の誕生日に、結局、何を贈ったのか、気になさる方もいらっしゃるだろうと。いない? ふぅむ。つまりは、またまたまノロケになってしまうのか……。まあ、いいや、どうせ個人的な日記なのだから。
ケータイ電話をプレゼントしました。相方はツーカー利用者だったのですが、auに統合されてしまったので切り替えなければならないというので。キャリア側の勝手な都合なんだからユーザーに余計な負担を掛けるんじゃない、と吠えても、届かず。
ショップでいろいろと検討、いわく「ワンセグなんて要らない」ので、それなりの機種に。もちろん、可能な限りの「割引」を活用したが、それでも数千円必要。贈り物としては安上がりだったけれど、自ら望んでの機種変更ではないのに、この負荷は、どーなの? 新規ならゼロ円なんだものなあ。
いったい、いつまで、この「無料配布」状態が続くのだろう。ケータイが普及し始めて、ざっと10年。当初はとにかく持たせることが重要だった、それはわかるけれど。いまや、ウチのオフクロまでが持つという時代。いまの機種にしてから10年以上の小生も、わが母親も、基本的な料金にほとんど差がない。当方、使い始めてからだと15年にもなるんだぞ。「機種変」は相変わらず冷遇されているなあ。「持続可能な社会」とやらに反しないかい。ん? やや強引すぎるか。
まあ、なんにしても、企業が謳うCSなんて絵に描いた餅で、製造メーカーは踏襲したものの、使用方法のコンセプトが大幅に変わってしまい、10年近く活用の相方さん、ボタン操作やらに、いまさらながら苦闘している。初めての「絵文字」をどう出すか、それがわかんないのは仕方ないけれどさ。
この、点滅するっていうか、ドキドキを表してるのかな、大きくなったり小さくなったりするハートマーク、面白いね……。おぉっ、これがウワサの写メかあ~。うぅむ、デコメール、どーすりゃいいの……。わぁっ、こんな機能も、あんな機能も……。はい、イイ年して、けっこう楽しんでいます(^◆^;)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月23日 (金)

暑さ寒さも彼岸まで

話題の桜の開花、今年は3月20日でした。関東地方のことですが。結局、去年より1日早いだけで。ま、暖冬は間違いないところだけど、3月に入ってから、さすがに寒さが自己アピールして。季節の「交代」も、そうそう用意周到というわけにはいかず。容易ではないようで。。。つまらんシャレです。

それにしても、最近、この開花とか、春一番とか、入梅とか、梅雨明けとか、寒いとか、暑いとか、ちょいと気にしすぎじゃ、ありません? いわゆる異常気象のせいか。いや、その異常気象という言葉すら、いささか情緒的に語られているように思う。
本来、客観的なデータであるべき気象状況が、予報士の出現のせいかなあ、あまりにも噛み砕かれすぎて、なんというか、冷静さを見失っているよう。いや、別に、森田サンや石原サンを批判するつもりではなく。かれらは、確かに、平易な日本語で伝えている。それは、うれしい。ヘクトパスカルなんて、そもそも馴染みないし、その数字だけを口にされても、何のこっちゃ、ですからね。
でもね、ナンだか、悪い意味で、データをいじくりすぎている。そう思う。だいたい「平年」なんて年は存在しないのだから「平年に比べて」と言われても、まったくピンとこない。「昨日よりは」とか「先週に比較したら」とか、そういう言い方をしてくれないかなあ。もちろん、そうした表現はゼロではないけど。
数字の間を埋めてくれるような説明ではないと思う。机上で解析しているだけ、と断じたくなるほど、具体性が希薄だ。結果、知りたいことは話してくれない。実際、冒頭で触れたように、今年の桜の開花は去年より1日早いだけ。でも、その去年の冬は寒かった。今年は暖冬。なのに、1日違い。ほとんど同じ日と言ってよい。その理由は? そこが知りたい。少なくとも、わたしは。
だって、3月になってからは、明らかに「いつもの冬」もしくは「いつもの3月」に戻っていたじゃん。最高気温が何度というデータは、動かしがたい事実だけど、それだけのことで。もっと肌感覚というか皮膚感覚というか、現実の気分で素直に考えれば、満開は最終週だなって、想像つくと思うのですが。
たった1度の上下に一喜一憂し、つまんないデータを上積みしていくから、間違う。まあ、ただのミスなら、まだマシで。意図的ではないミスリードがコワイ。つまり、「今年の冬は暖冬だ、桜の開花が早まりそうだ、早まるといいなあ、世の中はナンカ格差社会とかで最近ギスギスしてるし、たまにはホワンとした話題を報じたい、開花はまだか、まだか、まだか……」。
明らかに、二本足で立つレッサーパンダは、アノ事例だけではなく、さほど珍しい話ではなかった。明らかに、少年犯罪は減少している。明らかに、飲酒運転の元凶は車社会だ。明らかに、「時代の寵児」たる刑事被告人は、実業の世界でいかなる功績も残していない。
客観的事実を読み解く能力が、もはや、われわれにはないのかもしれない。「そうなってほしい」という「悲願」が、「そうなるだろう」という、根拠のない「予測」と化すとき、世の中は、デマとパニックに満ちる。たかが桜の開花予想。されど……。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007年3月10日 (土)

おめでとう!!

1日違いですから、本日は、相方の誕生日について語るべきか……。といってもなあ~。「東京大空襲」と同じ日ですが、だからどうした、という因縁話もなく。世間ではよく「女房の誕生日を忘れてエライ目に遭った」と言われますが、わたくし、男のくせに、記念日好きなので、そんな経験はまったくなく。あぁ、一度だけ、相方がぼくのを忘れていたことがありましたけど。心の広い小生、気にしていません。というのは、半分ウソで、半分は事実です。うむ、デジャヴ……。
記念日というものは、その性格によって祝い方も異なると思うので、どのように迎えるか、過ごすか、一概には言えません。気持ちの問題でしょう。ですから、プレゼントの価格には、こだわりません。もちろんセレブじゃないという実情も否定できませんが、やはり、高価な品を贈ったり、とかの、お金の問題ではないと、真面目に思います。
そうは言いつつ、しかし、ぼくも男ですから、二人で迎えた初めての相方の誕生日には、いささか舞い上がってしまいまして。「この腕時計、もうボロなのよね」とのサジェスチョンにより何となく見に行った店で、たまたま、相方、気に入るモノあり。たまたまだったので、キャッシュの持ち合わせ、なし。ところがたまたま、カードが使える。論理的帰結で、購入。ブランド品ではなかったが、結果、これまでに贈ったプレゼントのなかで、最高の金額。いや、べつに、釣った魚に、の類ではないのですけれど……、ぶっちゃけた話、お互いのサイフの中身が見えてくると、そうそうには、清水の舞台から飛び降りてもいられず。
ちなみに、相方の母親から「まあ、最初がコレなら、次は何かしらね~」と大いに期待されてしまい、翌年、東奔西走し、前年実績を大きく上回るブローチ(ただし「正価」で。実際の支出は前年割れ)を贈りました。なんと健気な……。
後日談。「この調子だと来年は指輪かしら」と楽しみにされましたが、世の中、そんなには甘くない……。
要するに、つまり、早い話が、大切なのは、心。モノではありません。ねっ、相方。

この1年、無事で良かったね。次の誕生日もまた、二人で迎えられるとイイね。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2007年3月 9日 (金)

「きょうだい」を知らない

たまさか、妹の誕生日を一緒に食事をして過ごすことになりました。初めてかも。子どものときは、もちろん家族と住んでいたわけですから、何かしら世間相場のお祝いをしていたはずですが、覚えていません。プレゼントを贈ったこと、なくはないでしょうけどね。
年がけっこう離れているので、小学校にあがって、やっと兄妹でまともな会話が成立するようになったら、アニキは大学生、やんちゃな生活を始めてしまい、家に居つかなくなった。勉強をみてやったとか、遊んでやったとか、そんなことはたぶんしなかったんでしょう……。
中学生なるあたりで、ぼくが渡米、生活は完全に分離し、セーラー服姿に記憶全く無し。2度ばかり、両親と共にアメリカにやって来たので、顔を合わせました。それは、うん、忘れていません。とくに、夏休みのハワイは。何故って、当時、こっちは週刊紙の記者でしたから、サマーバケーションどころではない。何とか土日を利用してロサンゼルスから飛んだ。週末を楽しく送るアメリカ人の多さは言うまでもなく、よって、金曜日の夜、フライトは満席。仕方なく、ファーストに乗った。大した稼ぎを得ていなかったのに、無理をしました。まあ、久しぶりのファミリー再会。大切な「絆」には勝てません。
帰国したときは当方、すでに所帯を持っていましたから、当然、世帯そのものが別。そりゃ、こんどは同じ都内の居住だから、接する機会も多かったんでしょうけれど、青春している妹のイメージがありません。日芸に進学したことは、なんとかメモリに残っています。そのうち、わたくし父親になんかなってしまいまして、正直、妹どころではなくなった。
その後、妹とケンカしたわけではないのだけれど、いろいろありまして、結果的に没交渉。相手の男性のことは知っているが結婚式には欠席。何年かぶりに会ったときは旧姓に戻っていて。ここ10年は、少なくとも疎遠ではなくなった。
それにしても、いまは瞬間的に、そこそこメールのやり取りなんかもあって、人並みに「きょうだい」していますが、「妹」と呼ぶのにすら違和感があるほど、その存在をうまく受けとめられません。あちらは、当たり前のことだけど、生まれてからずっと「兄」という存在があるわけで。でもね……、ぼくには、よくわかんない。何が? って、何もかも。
ほとんど接点がなかったので、兄らしいこと、何もしていないし。相談相手になったこともないし。メシを食ったり酒を飲んだり、あとは「兄妹」らしいことって何があるのか、それすら見当もつかないほど。逆に言えば「パシリ」にしたこともないけれど。ただ、まあ、以前も書いたけど、音楽の仕事をしていて、その関係で、麻丘めぐみとツーショットできたのは、いちお、妹のおかげかな。
どうやら再婚の意思はないようなので、当分、同じ姓でいることになるでしょう。だから「肉親」という感覚はあるにはあるのですけどね。
ちなみに、そんな距離感の妹の誕生日を認識しているのは、相方と1日違いだから。というのは、半分ウソで、半分は事実です。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2007年2月 | トップページ | 2007年4月 »