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2007年2月

2007年2月26日 (月)

テラへ

そんなタイトルの漫画があったような。でも、その「テラ=地球」の意味ではなく。ん? あながち、まったく違うわけでもなく? まあ、なんにしても。情報量の単位の話です。
1テラバイトのHDD(ハードディスク)が発売されるとか。ほぉ~。感慨。パソコンというものに手を染め始めたころ、と、いつもの昔話です、根っからの文科系なので用語の使い方に一部おかしなところや不正確な面もあるや。ご容赦。
かれこれ20年前あたりになりますか、某マイナーメーカーのパソコンを購入。とんでもない金額でした。そもそもHD内臓ではなかった。数年後、マックに遭遇、その操作性の素晴らしさに驚いたものでした。さらにその後、ウインドウズへと。そのころは間違いなく、マックのほうが使いやすかった。
それはさておき、1メガという単位に、えらくカンドーした。100万バイト、つまり日本語で50万字分のデータ量。ライターなので、どうしても文字換算のクセ。400字詰め原稿用紙で1250枚、ちょっした長編小説で500枚程度だから、驚異的な数字である。
15年ほど前にDTPという、いわゆるデジタルによる編集・出版に関わり始め、単なるテキストデータだけでなく画像やら何やらを扱うことになり、「メガ」にも慣れていった。32メガ機が出てきたころだったか。記憶媒体はまだフロッピー中心で、ここでも以前に少し触れたけれど、ちょっとした画像でも数メガ、FD数枚に分割せざるを得なかった。だからMOは重宝した。高価だったが、128MBもあれば、大概のことは足りた。いま、A4換算16ページ分の印刷データ(モノクロ)を毎月制作しているが、せいぜい10Mである。
当方が制作していたDTPによる雑誌はA4サイズ・本体80ページ前後のフルカラー、総トータルで何百メガになったのか、編集部門ではそれぞれ数ページ分しか扱わず、画像などは仮データでこなし、最終データは印刷部門が管轄していたため、詳しくは忘れてしまったけれど、「メガ」で十分だった。それでも、編集ソフトはかなりのメモリを必要としていた。三種の神器といわれた(現在でもそうかな)「クォークエクスプレス」「イラストレータ」「フォトショップ」をインストールすると、ほぼ限界だったように思う。
そして「ギガ」という言葉が、制作に関わっていたわたしたちの間に登場する。10億バイト。100万バイトの1000倍。オールマイティだと思った。もはや、何文字分とかいうレベルではなく。画像にしても、サービスサイズの写真1枚が1~2メガ。たとえが適切ではないかもしれないが、天文学的な単位だったのだ。実際、数年後、いまから10年前ごろ、1ギガのマックを使い始めるのだが、これ以上の容量は不要だと思った。
ギガに驚嘆していたころ、ほとんど冗談で「次の単位は?」という話になった。「テラ」だという。1000ギガ、10の12乗、1兆バイト。笑うしかなかった。そんな容量を求める雰囲気などなかったのだ。いわば「スーパーコンピュータ」の世界。少なくとも「印刷」の世界では、1ギガのパソコン1000台分なんて、想像できなかった。
メガやギガには「機械」の感じが音感的につきまとうけれど、「テラ」ともなると、文字通りの地球規模の壮大なイメージ。地球温暖化の危機が叫ばれる現在、ついに「テラ」の時代がやってきたのか。なんとも……。

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2007年2月18日 (日)

誕生日

はるか昔を思い起こしてみた。どんなふうに恋を告白していたのだろうか……。やはり、誕生日かな。これは不変のイベントだしね。密かに想う彼女へのバースデー・プレゼントに、一途な心を込める、そんなことをしたような覚えが、あるような、ないような。
あまりに遠い歴史的事実ゆえ、記憶も曖昧。だけど、中学生から高校生にかけては、それくらいしかチャンスがなかったと思う。友達としてのプレゼントより、ほんの少しだけ、何かしらの気持ちを伝える。カードに、ほのかな熱さを添える。「小さな恋」だったから。
大学生になったあたりからは、「淡い初恋」なんてものではなく、「燃えるような下心」。小心者なりに猛アタックした、と思う。たぶん。喫茶店に行く、食事をする、映画を観る、それらの費用をすべてもつ。そのことで、遠回しに、アピールして、隙を窺う、もとい、反応を待つ。そのなかで、誕生日は絶好の機会だ。おそらく、いまも昔も変わるまい。

もっとも、ぼくの想いが初めて届いたのは、カノジョの誕生日の10日ほど前だった。恋人同士としての初めてのバースデー、ぼくらは、どのように過ごしたのか。それからの、2年目3年目……、ささやかなお祝いはしたはずだけど、よく覚えていない。35年も前のことだものね。そんなものかな。はっきりしているのは、6回目を迎えるころ、すでに、ぼくらの気持ちは微妙にズレ始めていて。7回目を一緒に迎えることはできず。

その後、カノジョは、一つひとつ、無事に歳を重ねているのだろうか。あれから30年、ぼくは、いまでもカノジョの誕生日を覚えているけれど、カノジョは、きっと忘れてしまったんだろうなあ……。

もうじき、相方の○○歳の誕生日。プレゼントはまだ用意していないけれど。一緒に買いに行くかい?

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2007年2月16日 (金)

バレンタイン

チョコレート屋の陰謀に、何も興味はないけれど。国生さゆりの「バレンタイン・キッス」にも関心はないけれど。まあ、しかし、この国の「何でもあり」を象徴するかのような、風俗としての定着は、わたしにおいて「知らん顔」もできず。今年もまた、ひとつ、チョコレートをもらってしまったのである。
思い起こせば、若き日の恋愛時代、このような習慣はまだ日本に根づいておらず、もちろん「恋の告白」としてチョコをもらうような経験まったくなく。気がつけば、何やら世の中やかましく、煽られてか、家人より手渡されるチョコひとつ、ふたつ……。サラリーマン社会の潤滑油となってからは、社内でもひとつ、ふたつ……。
そう、わたしには「義理チョコ」が似合う。
とはいえ、愛の確認やら、その意味合いも広がっているようで。それはそれで、いいことなのかもしれない。

バレンタイン 相方からの1個のみの幸せよ

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2007年2月 1日 (木)

暖冬ですね

あ~ぁ、うかうかしているうちに2月になっちまったい。ブログを始めた当初の2か月は、何とか毎日更新していたのになあ~。いったんストップすると、とたんに生来の怠惰が顔を出し。1月は2回だけ、それも、まあ、アリバイみたいなもので、内容なく。

きょう2月1日は、両親の結婚記念日。56回目だな、ぼくが55歳なので。いまさら、お祝いでもないので、父と母とのツーショット写真を取り込んでのカレンダーをパソコンでつくり、持って行った。母は、ニコニコしていたが、さて、父は。喜んでくれたのかなあ……、感謝された経験のあまりない息子なので、自信なし。

父親は、ここでも再三再四触れているが、旧帝国軍人ゆえか、常にコワイ存在で。昔は、友だちのように接している友人の親子関係がとても羨ましく思えたものだ。もちろん、若いときはレールから外れることをあえて楽しむ性格の小生、あちらからすると、いつまでたっても「危なっかしい」とか「頼りないヤツ」なんだろうけれど。それにしても、誉められた記憶が、うん、ないなあ~。

その反動か、ぼくは、よく人を誉めると思う。「ありがとう」も口にする。そうだよね、相方さん。やっぱり、誉められたりすると、うれしいもん。言葉にすることは大切だよね。男は黙って……というのも大切だとは思うけれど、きちんと表現しないと伝わらない面もある。

最近のことだが、その、オヤジに「ごくろうさん」と言われた。仕事を手伝って、けっこう役立ったからなのだが、あまりに当然のことで、みなさん、ピンとこないだろうなあ~。だけど、我が父に関しては、驚天動地の出来事なのだ。耳を疑った。よもや、そんな労いの言葉を聞くとは……。暖冬が、父親の心をも温かくさせた? まさかね(^^;)

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