« 気高い富士の嶺遠くにのぞむ | トップページ | クリスマス・イブ »

2006年12月23日 (土)

「やり残したこと」は何だろう

修羅場を脱した。事実上、仕事納めである。だが、2006年が終わったわけではない。大掃除という最後の難関が控えている。窓ガラス拭きやら何やかやも面倒な作業だが、なにより、自室。ここは聖域である。相方は、たぶん、いや間違いなく、手を付けたくて叶わず、相当に苛立っているはず。キレイ好きな性格からして無視するに辛いだろう。が、仕事に関するさまざまなモノが「規則正しく」散乱しているわけで、なまじ片付けられでもしたら、さぁ大変、何がどこにあるのか、わからなくなってしまう。カオスみたいな状態にみえても、それはそれで、ちゃんとハンドリングしているのだ。

と、強がりを言っても仕方ない。マーフィの法則ではないけれど、探し物に限って簡単には見つからず、自身、けっこう、このままではまずい、と思い始めているのではある。1年に1回くらいの頻度で整理しているのだが、なんと申しましょうか、怠惰な性格なのか、すぐに散らかる。商売柄、資料というものが次から次に溜まる。どれほどのデジタル社会になっても、紙はなくならない。随分前からキーボードで書いている。原稿用紙を使わなくなって久しい。だが、ニュースリリース(報道用資料)をメールでくれるクライアントは、いまなお珍しい。

まあ、それでも、写真を画像データで提供する企業も増えてきたのは確かだ。もっとも、数百メガの容量のあるディスクに画像たった1点、使用メモリ数メガ、というケースも少なくない。以前なら、そのディスクは「要返却」だったけれど、安くなったせいか、そんな「ケチ」なことを言われることはほとんどなくなった。それゆえ、使用済みディスクが集まってしまう。捨てるのは、心が痛む。1枚のフロッピーを繰り返し使い回して、ついには初期化して、という経験をしてきた。わずか1.3メガ。ちょっとした画像データを4枚のフロッピーに分割して、そのうえ宅配便で届けた、なんていう日々は、もはや昔話だけど。

ふうむ。ほら、また、過去を懐かしんで、掃除の手が止まる。大丈夫、除夜の鐘を聞くまでに、まだ1週間以上も残っている。それに、クリスマスじゃないか。しばし、リアルな場面から逃れて、楽しもうではないか、聖夜を。たまにはワインでも飲むか。あっ、しまった、冬至だった、柚湯に入るのを忘れた。ま、いいか、バス○○ンで代用。そだ、バス○○ンを買ってこなくっちゃね、風呂掃除はどちらの役になるんだろうか……。などと、他愛もないことを言いつつ、やっと年の瀬を実感し始めている。

|

« 気高い富士の嶺遠くにのぞむ | トップページ | クリスマス・イブ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/192005/13166979

この記事へのトラックバック一覧です: 「やり残したこと」は何だろう:

« 気高い富士の嶺遠くにのぞむ | トップページ | クリスマス・イブ »