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2006年12月18日 (月)

気高い富士の嶺遠くにのぞむ

同窓会に出た。いわゆる「高校の」なのだが、母校は中高一貫教育の6年制だったので「中学の」でも間違いではない。実のところ、中1のときの3組(「13R=ルーム」と称していた。「学級」は「ホームルーム」。今では当たり前のようだが40年前の当時としてはかなり珍しかったと思う)にいた同級生の集まりが母体なので、本来はそう呼ぶほうが適切かもしれない。つまりはクラス会。だったのだが、1年ごとにクラス替えもあって、卒業時には人脈も変化していたし、何より6年間も同じ学び舎にいたわけでもあり、連絡がつく者へと輪を広げていき、その課程でぼくも参加するようになり、人数も増え始めた。

そんなおり、13Rに在籍しながら中3で転校したため卒業生名簿に載っていなかった、当たり前だけどね、岩戸くんという同級生が作家の浅田次郎だと判明した。略歴の最終学歴は普通、大学を記す。クラスメイトのひとりが出版社勤めで、偶然、再会したのだ。「同じ釜の飯を食った仲」だ。直木賞を取った年でもあり、お祝いの意味も兼ねて声を掛けた。以来、「あいつがそうなのか」という好奇心も手伝ってか、20年ぶり30年ぶりの友も来るようになり、「11回生の同窓会」に。ここ数年は兼忘年会という形。もっとも、それでは出席したくても不可という者も少なくなく、実際、このぼくも修羅場を押してのこと、次回は夏にという話も出ている。

恩師も、当初は当時の担任だけだったが、他にも何人か出席。6年間教わった古典の教師が校長になり、招くようになった。呼びたい先生はまだまだいるのだが、残念ながら鬼籍に入られた方も少なくない。「紅顔の美少年」だったぼくらが、紛うことなき中年のオヤジだ。だいたい、ほとんどの恩師が退職している。「だって、来年はこっちが役職定年なんだぜ」と参加者のひとり。そう、55歳(ぼくは早生まれだからまだだけど)。ひと昔前なら定年だ。あのころ、「じーさん」みたいな年恰好の教師に対して「○○先生って××高校を定年退職してきたらしいぜ」とウワサしていた。前述の校長は、逆に、新任だった。ぼくらの在学中に結婚し、誰か聞き込んできたのか奥さんの名前を、授業中に連呼した思い出もある。

いまや、こっちが孫持ちになっている。少し早めの結婚なら子供が27、28という歳で、その次が生まれていてもおかしくない。少し前の会では、子供の教育問題に花が咲いたものだ。息子を母校へ進学させた友もいた。「いつのまにか超難関校になっていて、合格できなかったよ」と話すやつも。ウチは娘だからそもそも不可能だが、オヤジと同じ学校に行かせるのはイヤだなあ……。でも、気心の知れた学校は、教育崩壊の時代、安心できるのかもしれない。不参加の同輩の消息では「息子がニートになってしまって弱ってる」という話も。父親、つまり同級生は一流銀行に勤めているのに……。

当時の母校には、しかし、一般的な「受験校」とは異なる雰囲気があった。現役・浪人はともかく、ほぼ全員が大学に進んだが、名刺交換すると、在職30年のサラリーマン人生一筋の「カタギ」には名の知れた企業の「部長」級の肩書きも珍しくないものの、自営業の多いこと。社長と言えばカッコイイけどね、つまりは「ヤクザ」だ。デザイン系、カメラ系のフリーランスも少なくない。一部の席では「中小企業の悲哀」もトークテーマになっていた。もっとも、就職した大会社が「なくなった」というケースもある。まさに人生いろいろ。連絡のつかない者のなかには、悲惨な事例がなくもないだろう。今回は40人ほどが出席した。さらに数十人の所在はわかっているようだ。卒業生は300人を超える。

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コメント

そういう会に浅田氏は、粋な服装で出るのですか。洋服が多いようだが、ネクタイ着用が信条のよう。では、付き合うのに少し辛いかな。

一海知義の『漢詩入門』(岩波ジュニア)を引っ張り出して読んでいます。内容もさることながら、文章が律儀というか、法にかなっているのか、リズムがいい。日本語の範と思います。「ジュニア」にはこうしなければと思いました。くだけた部分もあって、いい文章です。ついでに『漢語の知識』も見たら、これは現在のテレビでよくある言葉遊びにふさわしいと・・。これもジュニア判。

いそがしさも残り少なの年の暮れ saeigu

投稿: seigu | 2006年12月18日 (月) 08時11分

seigu翁、粋かどうか、粋ではない小生にはなんとも言えませんが、彼は今回も含めて、たしかに常にネクタイ着用のスーツ姿+コート+マフラーという格好ですね。某デパート呉服部勤めの同級生に羽織袴をつくらされたと言ってましたが、なに、自ら注文したのでしょう。
ちなみに、ネクタイ姿の「カタギ」の出席者は結構少なくないですよ、この会。金曜日に開催したときは、ノーネクタイは3割程度でした。

投稿: hiperk | 2006年12月19日 (火) 16時01分

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