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2006年11月10日 (金)

明日の前に

例外はあるが、ブログの更新は夜中、日付が変わってからである。もともと日記のつもりではないから、その日の出来事をその日のうちに書く意図はない。それに、深夜はぼくの活動時間帯なので、うっかりしていると零時を過ぎてしまうに違いない。まだ来ない「きょう」の「予定稿」も書けない。リアルタイムには、ほぼこだわっていない。

さて。いま午前4時過ぎである。夏なら、そろそろ夜が白み始める時刻。1日が始まる。しかし、ぼくにとっては寝る時間、「きょう」はまだ終わっていない。「明日やるべきことは~」と思い浮かべる「明日」は日付としては11日の意味ではない。10日・金曜日のこと。だから、「ぼく的」には、明日は未だ始まっていない、この瞬間。

「明日」という日は、目覚めたときに出現する。たとえ午後になっていたとしても。そのため、極端な場合は、起きてから最初に食べる食事は「徹子の部屋」を見ながらでも「朝飯」ということになるが、それでは、昼飯を食べないままに夕刻に会う「カタギ」の人を混乱させる。ということで、「第1食」と呼ぶことにした。

が、浸透しない。てゆか、よけいに戸惑わせるみたいで……。そりゃそうだよなあ~とも思う。ツライところだ。って、ぼくだけの問題なのだが。

ところで、本日のタイトル、ぼくだけがこだわっている「決め事」にちょっと「違反」しているのだが。おわかりの人はいるだろうか。よろしかったらコメントください。

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コメント

折角開いて読んだので、コメントしてみよう。
「明日の前に」と準備おさおさ怠りなし、というのが流儀ではないということでは。それでいて、出たとこ勝負というのでもない。といえば、褒め過ぎか。
禅的には「一刻、一刻を刻め」。

ところで、先日、一の酉へ連れ合いと行って来ました。善男善女が多数。拝殿にたどり着くのに40分ほどたどたどと。
愚生は、神様でも仏様にでも「お願い」はしません。「また来れました」とか、「またお邪魔します」とか言って、お礼を言って帰ります。お酉様から帰って、連れ合いが何をお願いして来たかと聞くので、そう説明したら、「あんなに大勢では神様も大変。神様だって選ぶ権利はあるだろうに」と言いました。「選ばないから神様なんでは」と言いながら、お酉様のような年中行事が庶民の暮らしに彩を与えるように続いていることに感謝する気分になりました。でも、ビジネスっぽいのですが。
日本人にとっての「個」は、習俗の中に潜んでのもの・・。というのが愚生の思い。これもまた「ブンカ」ではないか。

投稿: seigu | 2006年11月10日 (金) 09時52分

ブーっ。外れ。そんな大層な理由ではなく。はい、誉めすぎです、翁。
みなさんに、きっと「えーっ!!??」とブーイングされるよーな、そんなクダラナイ、アホらしい、冗談みたいなことで。そもそも「ルール」ほどにも厳格なものでもなく。

ミセスとの禅問答、微笑ましく。最近ではハロウィンまでもが習俗の仲間入りしそうな、我が祖国は、げにシンクレティズム、神仏儒耶、なんでも「習合」ブンカですね。

投稿: hiperk | 2006年11月10日 (金) 13時31分

それでうっかりしていると、「長いものに巻かれろ」となる。そのいい加減さの中でどう「自分」を活かし続けるか。自信は無いものの、そう考えています。
「個」についての意見あり、ですが、これはメルマガで展開しましょう。hiperk氏の著書に関係するため、ブログではいかがかと。

投稿: seigu | 2006年11月11日 (土) 09時48分

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