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2006年11月29日 (水)

ルージュ

電車やバスの中で口紅をひき揺れる車内で器用にアイラインを使いこなす女性が、珍しくなくなった。公衆の面前でのメイクは、恥ずべきものだったはずだ。ぼくはもちろん男だから、そうした教育を受けたわけではないけれど、相方いわく、かなり昔からの常識だと。だよね。そうでなければ、エラリー・クイーンのあの名作は、基本トリックが成立しなくなってしまう。

最近の若いヤツときたら……。でもなあ~、たとえば「立ち食い文化」は、ぼくらの世代から始まったんだ。いくらなんでも通勤電車で弁当は食べないけれど。でも、パンくらいなら、もう躊躇いはない。ドリンク類は夏なんか日常的な光景として定着している。そういえば、新幹線車内でビールを飲み真っ昼間からミニ宴会していたのはガキではなかった。そもそも、ウォークマンに代表される、車内での音楽鑑賞の習慣を広めたのも、いまのオトナたち。

「下着であるキャミソール」姿の若い娘たちへの批判をよく耳にする。でもなあ~、「下着であるTシャツ」姿をまともなファッションへと変えたのは、ぼくたちだ。帝国ホテルがかつて立ち入り禁止にしていた「作業着」ジーンズ姿も、市民権を得た。当時は非常識だったそうした「ヤングだけの新しい文化」は、伝統的な日本古来の文化と衝突した。そして、日本の常識として成立させた。近ごろの若い人間の立ち振る舞いに眉をひそめるぼくらは、その昔、若者だった。

だから批判できない、と言いたいのではない。ぼくらは闘った。旧い因習と。偏見に満ちた世間と。そして、勝った。だけど、いま、世代間ギャップは依然存在するけれど、世代間コンフリクトは、どこに? 「家族帝国主義」による「圧制」を知る我らは、下の世代を「解放」し理解を示した。その結果は? 自由というものは、やはり、闘い勝ち取らなければならないのだろうか。
★ルージュ(1977 ちあきなおみへの提供曲)

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