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2006年10月

2006年10月31日 (火)

会津の旅その7

風呂のあとは散策。朝食の用意に忙しいミセスに声を掛けて、下駄を履く。少しだけ冷える。すでに身支度した相方は、宿の半纏を羽織る。林の中というわけではないので若干、風情に乏しいが、人里離れた立地。気分は爽やか。厨房からは、キノコ料理の匂い。どこまでもヘルシーな朝。
宿に戻り、庭を歩く。8時半。部屋のほうから「用意ができました」とオーナーの声。座席が自由選択の今朝は、杉テーブルを選ぶ。やや若い客は囲炉裏端、もう1組はカウンター席。典型的な和食。ゆえに「この納豆が……」と、こだわりの食材の説明。ゴメン、それだけは。「黒豆の納豆、珍しいわ。美味しいわよ」と相方。何も言うまい。粕漬けの鮭が旨い。相方から半分もらう。さんくす。朝からゴハン、ぼくには稀なこと。でも、美味しいから、食は進む。相方も同様。
食後のコーヒーを楽しんでいると、ミセスが旅のアドバイス。裏磐梯にも行ってみたいのだけど。電車利用のぼくらは、でも、事前に綿密プランニング。残念ながら、10時半チェックアウトの恩恵を返上して出立しなければ。去るのも一番か。荷造りを終え、精算。満喫したと告げる。嬉しそうなオーナーの顔。いかにも、日本のおっちゃん。ミセス? もちろん、日本のおばちゃん。
いわく、じゃらんのユーザー評点が下がったとか。気にしちゃダメだ、そんなこと。若いヤツに、この宿の素晴らしさは理解できない。インスタントラーメンなんて無かった時代をちゃんと知っている世代なら、わかる。オーナーは、ネオンの海を忘れたという。修行も積んで、約10年、この地で宿を維持してきた、ジモティ。であれば、自らのこだわりに誇りを持って、毅然としていればいい。人の好みは千差万別。すべての嗜好に応えることなど、できないのだから。

タクシーで駅へ。猪苗代湖遊覧の船着場へバスで行く手はず。ここで、今回の旅唯一の瑕疵。事前に確認の時刻にバス来ず。けっこうな列ができているのに。訊くと、まさに本日、新しい時刻表に。ダメだよ、バス会社。サイトでも調べたが、駅の掲示板でもチェックしたばかり。一言も触れていなかったぞ。結局、30分あまりのロス。ねっ、顧客満足なんて掛け声だけ。するべきことをやらない、それも簡単にできること。利用客のことを思えばいいだけ。それが、いまのこの国には、もはや高嶺の花になりかかっている。「サービス」を「おまけ」と勘違いしているのか。夫婦二人だけでも、真っ当な「サーブ」を提供できるんだぜ。
長浜で下車。この船、サイトで「随時運航します」と。ホントかねと疑心暗鬼募る。が、こちらは正しかった。ぼくらを含めて15人くらいが集まり、果たして出航。かつては割増料金が必要だったのではないかと思われる、2階席はボックス型で、ちょっぴりゼータク気分。6人は座れるところを独占。けっこう遠くまで進む。磐梯山が一望できる。35分の船旅、満足。
徒歩で天鏡閣へ。上り坂。基本はクルマなのだろう、多少の不便も、やむなく。いや、不人気スポットなのかな、辿り着いたら、ほかに2人だけ。本日は日曜日。混雑は嫌いなぼくたち、異論はないけどね。明治期に建てられた有栖川宮の別荘に、かつての宮家の生活ぶりを羨みつつ、戦後、県に下賜と説明されるも「相続税が払えなくなったから?」と軽口たたく。近隣の南が丘牧場のアイスクリーム販売店あり。手持ち無沙汰か、店員、大笑いしつつテレビ観賞。客の前で。あまりのあっけらかんとした光景に、苦笑のみ。味は悪くなかった。
さらに、ぶらぶらと歩き、国民宿舎・翁島荘。評判らしいので「明治の人々のノスタルジックな味」の「天鏡閣ケレー」を「古代中国の健康食黒玄米とあわせて本格派の味わいを明治の浪漫と共にお召し上り」してみた。予想外の美味しさ。財団法人福島県観光開発公社の運営ゆえか、いまどき珍しい待たされ方ではあったが、カレーにはウルサイぼくも、結果オーライ。
手洗いから戻りし相方いわく、老人会みたいな集まりでカラオケやってた……。のどかな鄙。決して嫌いじゃない。都会は秒刻み。客が来たら船を出す、そんなアバウトなスタイルにも、何となく情緒を感じる。
今度は定刻のバスにて、野口英世記念館へ。といっても、それが目的ではなく。その一帯がドライブインもどきで、道路の両端に飲食店や土産物屋など一堂に。かなりの数の観光バス。な~んだ、会津の観光客はここにいたのか。でも、何故ここ? ガラス製品の店は大混雑。会津との関連って? 「なんか違和感、あるね」と相方。そんな中、孤高を保つ、会津民俗館。しまったなあ、ここ、ゆっくり観ればよかった。駅へ戻るバスの時刻が近づいていた。にしても、この大袈裟な地下道は何? 大した交通量でもなく、横断歩道で十分だろうや。
とある事情で、ずんだ餅を探す。発見できず。無念。「若松市内にはあったわよね」。そうなんだよね、タイミング。他でもと思っていると、二度と見つからず。ここが最後と決断すると、次の店でも扱っていたり。それも安く。一期一会。ん? 話が大袈裟か。なんにしても、「プロ」の仕事を見せてもらった。良い旅。
猪苗代駅からの復路は往路の裏返し。同じ道を帰るのは愚かだと誰かが言っていたけれど。是非もなし。旅の帰り道は、どこか寂しい。次は、いずこへ。早くも、そんな算段をしながら、日常へと戻っていく。(了)

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2006年10月30日 (月)

会津の旅その6

悠ゆ亭オーナー夫妻との「面談」を終え、大きな扉の向こうへ。こちらが客室ゾーンになっている。5部屋のうち、本日は3組だとか。観光優先で5時過ぎのチェックインでも一番乗り。当初予定の部屋を見せてもらう。うん、明るく広い角部屋に変更して正解。和室で8畳は決して狭くないけど、のんびりとした時間を過ごすには、ちょっぴりのゼータクが欠かせない。ぼくらの部屋は9畳ある。建物から突き出た感じで、三方に窓だから、採光も十分。
夕食前に風呂。最初の回だけ到着順、ということで当然の一番湯。一巡したら、あとは自由に。24時間OK。せっかくの温泉旅行、風呂の順番待ちは、できるなら避けたい。もっとも、1箇所だけなのに結局は混み合うことがなかった。3組だし。ぼくらが入りすぎなのかも。
Yyt_1 廊下の左右に部屋が2つと3つ。ダイニングへと続く要の位置に風呂。ぼくらは最も遠いが、部屋から顔を出せば、使用中かどうかはすぐわかる。扉が閉まっていなかったら空というシンプルな仕組み。そのため、風呂から出たら必ず扉を開けておいてと念押しされる。
貸し切りのわりには広い。畳で4枚くらいか。カラン4つ。それを2人で独占できる喜び。窓を大きくとっているので、明るさは申し分なく。露天の気分になれる。お湯も、まったりとしていて、好みのぬるめ。いくら浸かっていても湯あたりしない。芯から温まる。でも、ここは濾過しているんだとか。オーナーの哲学。掛け流しは不衛生という。それはそれで納得。「でも、気持ち良かったもんね」と相方。あの騒動以来、細かいことを気にしすぎかも。
湯上りの弛緩したカラダと気分のまま。きょうはよく歩いたし、散策は明日にしよう。どの部屋にもトイレが付いていない。相方が少し引っかかっていた点だ。しかし、風呂場の隣に計3つがまとまっていて、男女共用だが、相方によれば「共同でも、広くてきれいだったし、他の客と鉢合わせすることもなかった」ので問題なし。

7時半、ダイニングへ。L字型の大きなカウンターに、3組分の椅子、というか、それ自体が小さなテーブルくらいの大きさ。ここは何でもデカイ。自分の家には置けない。そういうものを配置することが、しつこいけれど「非日常」で旅情をかきたてる。最新の超高層ホテルに比べると、普通の住まいにかなり近い感覚だが、自宅を想起しては、興醒めだとぼくは思う。
3組ともカップル、若くはない。「でもウチが最年長よ」。そうだよなあ、合計したら3桁だもん。6人を前に、カウンターの向こうでミスターが腕を振るう。なんか、嬉しそう。あぁ、でも、残念ながら、こういう雰囲気だったので写真撮りにくく。料理についての記憶が曖昧。純和食であるのは間違いなく。薄味で極めてヘルシー。あまりに健康的すぎて、濃い味に慣れてしまっているぼくら、正直に言えば「しょうゆ、欲しかったね」。日本酒を別注。銘柄? 忘却。辛めで美味しかった。ねっ。うん。相方、酒には強くないはず。まあ、いいや、雰囲気で呑むものだし。
先付は、山伏茸と菊の甘酢和え、山なめこのおろし和え、ほかに、キノコの種類は忘れたが胡桃和え、味噌和えなど。岩魚の塩焼、これまた告白すれば、ぼくはやや苦手なのだが全て平らげた。ソバガキのお焼きの田楽も目の前で。馬刺しのあと、香茸の炊き込みご飯、天婦羅は朝鮮人参、栗茸、白しめじと説明された、と記憶。キノコ汁にも栗茸、しめじ、杉平茸、いくじ、むき茸、おりみき茸だったか、たっぷりと。二人分のメモリに容量無く。ご容赦。
ここで、オーナーの蕎麦打ちをじっくり拝見。貴重な体験である。目の前で、というのは、相方は初めてらしい。その味は言うまでもなく。やや硬めだった。この喉越し感覚は、ぼくも初めて。なにしろ、関西人、本来は「うどん」党なのである。が、ウマイものはウマイ。それに尽きる。
デザートにフルーツ(梨)が出て、お茶の代わりが、そば湯。満腹。「新鮮な素材を使い、調味料にもこだわる」とか。マヨネーズやらケチャップやらに毎日さらされている舌には、どこか昔の日本の味で懐かしく。うん、これは、若い層には不向きだろう。
ざっと2時間の夕食が終わり部屋に戻る。次は2回目の風呂だ。一息つきたいが、みなさん同じ考えだろう。先手必勝。ふぅ~。ゴクラクゴクラク。
布団は自分たちで敷く。またまた初体験。もちろん自宅は別ですよ。今回は、珍しい経験をたくさんすることになったね。旅の醍醐味だ。とはいえ、あの階段! 一日の疲れ、けっこうな度合いに。日付は変わっていたが早寝しよう。
翌朝、6時に目覚める。当然、朝風呂。「あれ、風呂場の扉が閉まっている」。ロックを確認。ミスではない。さすがに、同好の士あり。待つこと5分。気持ちが焦る。朝ご飯まで、まだまだなのに、待ち焦がれてしまうね。おっ、出た。それぇ~っ。また再びの幸せ……。こんなにハッピーでいいのだろうか……、いいのだ、明日、現実世界に戻ったら……、いやいや、よそう、リアルな話は。(続く)♪

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2006年10月29日 (日)

会津の旅その5

猪苗代から磐越西線で30分弱。会津若松に着く。未踏の地。あれ? 喜多方でラーメンを食ったような記憶が……。はっきりしない。「おかしいなあ~」「トシ」。城を模った駅舎を出て、周遊バス「はいからさん」の乗り場へ。予定の1本前に乗れそう。満員でアウト。さすがに会津藩の本拠地。目につく観光客。おっ、増便が出るとのアナウンス。ラッキー。だけど、普通のバスだった。残念。
「最初に鶴ヶ城ね」と、ここからは相方の仕切り。御意。臨時バスなのでガラガラ。城で大半が降りる。「エレベータで天守閣の最上階へ……、あれっ、ない」。黙して語らず。淡々と階段を上がっていく。日頃の運動不足のしっぺ返しがキツイ。下から上へと順番に見て回るコース設定。
歴史に興味はもちろんあるのだが、きょうのぼくは階段との格闘で余裕なし。一方、相方は嬉々として1フロア1コーナー、丁寧に観ている。「どぉ?」「うん」。楽しんでいるようだ。何か発見があったのかどうか、具体的な説明なし。こういうときの彼女は満足度100%なのだ。ほっとくにかぎる。
やっと展望フロア到着、絶景である、少しだけ疲労が和らぐ。何はなくとも写真撮影だ。日本人だもん。逆光だがデジカメの威力。帰宅してから色調整。セルフタイマーうまく働く。出来栄えをお見せできないのが残念。風が強く、乱れ髪の相方からはNG。
オダギリジョー、もとい斉藤一の墓は、時間の関係で断念し、近藤クンの墓へ。今度は「ハイカラさん」で移動。降りたあとの道に迷う。こっち? あっち? 案内板が少し不親切だね。えっ!? こんな坂道なの? ガイドブックなどでは触れていないが、テレビの特番で紹介されたとき、相方が「けっこうな坂みたい」と。てっきり山本某ばかり見ていたかと。現実には予想を上回る急勾配。そのうえ、蜂がブンブン。嫌な記事を読んだばかり。「どうしようか」と思案の末、断念。二人とも蜂は大の苦手なのだ。
武家屋敷へは、停留所1つ分なので、歩く。やや汗ばむ。鶴ヶ城同様、駐車場に大型バス。メジャーだからね。でも、入ってみると、さしたる人混みなく。やはりブームは一段落なのかな。それに、観光スポットではあるけれど、モノは日本家屋に違いはないし、昔とはいっても200年程度。田舎には築100年なんて珍しくないから、撮った写真を見ると、何の違和感もなく。
駅に戻って昼食。今宵の晩ご飯も堪能の予定だから、ありきたりのものでいいと、ハンバーガー。お土産を買っておこう。

再び、猪苗代湖駅に。今宵の宿にはタクシーを利用、もちろん観光なし、でも似たような道筋、5分で到着。サイトで見るより大きく感じる。実際には、奥にも長く、これで本当に全5室? 結局のところ、一般の家と比べるからで、これがホテルや旅館なら、間違いなく小規模。
木戸をくぐって玄関へ。暖簾と、職人風の面持ちのオーナーが迎えてくれる。その背景に、広々とした空間。「ここがウワサの食事処か」。相方と拈華微笑。大きなテーブルは500年を越える杉の輪切りで漆塗りが施されている。囲炉裏もある。冬場はここで岩魚の塩焼きを食べるようだ。趣きあるなあ~。
「コーヒー、いかがですか?」と、いきなりのウエルカムドリンク。この上なくうれしい。杉テーブルで、まず宿帳を書く。白い紙。書式自由。「今回の旅は、どのような?」とオーナー。「久々に温泉を楽しもうかなあ~と」「きょうは、どちらから?」「会津市内を観てまわってきたんですよ」……。
部屋に案内されるまで、30分くらいあったかなあ。珍しい、なんともいえぬ、この間(ま)。きっと、どんな客か、知りたかったのだろう。サイトには「お客様の声を聞かせて頂きたいので」電話で予約をと書かれてあった。ぼくら、じゃらん経由。言葉は交わしていない。不安だったのかな。当方は、そのサイトで、いろいろと情報を仕入れた。夫妻の顔も見たし。「じゃらんを通して来るなかには、こんな若いカップルが、というお客さんもいる」と話すオーナー。大昔に思いを馳せる。何かコワイ。恥ずかしい思い出が甦りそう。そもそも、温泉へのこだわりなんか、若いときにはなかったと思う。
その温泉への思いなどを披露するオーナー。唐突に「角部屋、空いてますけど、どうですか?」と。即答した。相方に「値段が変わらないと勘違いしたんでしょ?」と耳打ちにされたけど、それは間違っていないんだが、最初の1時間で、この雰囲気が気に入ってしまったぼくは、割増料金のことなど気にならなくなった。職人風のオーナー、なかなかの商売上手?(続く)♪

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2006年10月28日 (土)

会津の旅その4

食事が始まる。サーブはミスター。夫人は調理担当のよう。「本日のディナー」は、シーフードとフレッシュ野菜のハーモニー(えびと野菜のサラダ風)を皮切りに季節の一皿(忘却・ご容赦)、会津のご馳走(馬刺し)、創作洋小皿(お好み焼き風ピザ)、 蕎麦粉100%手打ち蕎麦、スープ、魚料理(まぐろのたたきのカルパッチョ風)、肉料理(牛ヒレステーキ)、デザート(シュークリーム、桃シャーベット、プディング、ティラミスの盛り合わせ)の順。
Edamame どれもこれも美味しくて、夢中で食べたので、一つひとつを紹介するだけの「メモ」取れず。絶品は「枝豆」。味付けしたのかと思うほど濃い。あぁ、こんなのを知ってしまったら、もう市販の水っぽい枝豆は食べられない。「でしょ?」とオーナー、にんまり。自作である。
馬刺し初体験の相方、思ったより美味しいと。中締めのようなタイミングの十割蕎麦、もちろんコシがあって、つるりと一気に。蛇足だけど、部屋の隣でオーナーが蕎麦打ちをするので少しうるさくなる、と言われていたが、ほとんど気にならず。壁が厚いのかな。焼きたてパンは3つも平らげた。最後のスイーツは4種類ともミセスの手作り。
約2時間半。個室なので、こちらの進み具合が見えず、多少のロスタイムが発生するが、許容範囲内である。ぼくは後日、仕事で日本最高級のホテルで豪華なディナーに接した。10点満点なら10をつける。としたら、この日の夕食は11点だと思う。食事というものは、素材の良さとか味だけを楽しむものではない。+1点は、何よりも、つくり手の気持ちが、ダイレクトに沁みるのだ。どれほど堪能したのか、形容しがたい。

ワインを少々飲んだからというわけでなく高揚した気分で部屋に戻る。相方は満腹だとか。ぼくとしては、量的に、やや足りないかなとも思ったが、いつものような悪癖=夜食を求める気にならないまま朝を迎えた。
旅先の朝は早い。夜更かし型のぼくも相方も、7時前に目覚める。朝風呂だ。部屋付きの露天は「共用より広いね、ゼータクだわ」。風呂の向こうは道路なので、さすがに板塀がしっかりと。でも、ささやかな庭が風呂のスペースをさらに広く感じさせる。少し熱めに感じたら窓を全開しといてくださいと言われたが、ちょうど良かったので10センチほど開けて寝た。相変わらずの適温。源泉流入口に手をやると、間違いなく熱いのに。
朝食は8時。身支度の相方より一足先に、新しい浴衣で食堂へ。用意されているテーブルの横の窓を開ける。新鮮な空気が流れ込む。「肌寒い」の一歩手前、最高に心地良い。それに、モーニング・コーヒー。至福のひととき。普段はあまりコーヒーを飲まない相方も、つきあう。個室は、プライバシー完璧だが、一点、この開放感を得られないのが惜しい。昨夜の個室客は今朝も。もう1組は、ぼくらの反対側で、話し声も聞こえてこない距離。
和風メニュー。工夫されている。適量。申し分ない。ひとつだけ、オーナーにも注文したけれど、あの焼きたてパン、食べたかった。以前は朝も出していたそうだが、量が読みきれず無駄になることが多かったらしい。心残り。

コーヒーを持って部屋に戻り、悲しいかな、帰り支度。あと小1時間。男には十分。「もう一度入ってくる」。夜のうちに2回、部屋露天を楽しんだのに、あれ、ぼくは3回だったかな、欲望は限りなく。さすがに、カラスの行水並み。でも、心はゆったり。「きみは?」「だってメイクが……」。女は不便だね。「でも、洗面台の鏡が大きくて、真上の照明がとっても明るいの。だから、メイクしやすく、うれしかった」と。なるほど。
案の定、ぼくのほうが早めに準備完了。精算しながらミセスと談笑。持ち家やらすべてを処分、一大決心して? 12年前に、この地へ。当初は反対だったミセスだが、いまではミスターより熱心だとか。女性はリアリストだからなあ~と内心で思う。相方、参戦。「男って言い出したら聞かない……」。ほらほら、駅まで送ってくれるミスターがクルマの前で時間を気にしているよ。だけど、ぼくも名残惜しかったのだ。
どの部屋にするか最後まで迷ったと、ミスターにはすでに話した話題を持ち出すと「見せましょうか」。一般室の2階へ。なるほど、こんな感じなんだ。「洗面台を2つ、というのは、わたしのこだわりで」とミセス。もっと詳しく聞きたいけれど、本当にタイムアップだ。「また来たいですね」と、ぼく。本心である。
玄関前で2ショットを撮ってもらう。そして、またもや猪苗代湖を眺望できるコースで、駅へ。ありがとう、「月に一度くらいはネオンの海を思い出しますよ」と照れ笑いのオーナー。ぼくが、「こういう、自然を満喫できる環境に住みたいが、都会の便利さが忘れられないから、ムリだ」と言ったら、正直なレスを返してくれたのだ。
コインロッカーに鞄を入れ、会津若松への電車を待つ。「本当に、もう一度来られたら、いいなあ」。相方も頷く。行ってみたい観光地、泊まってみたい宿が、たくさんある。諸事情あって、向こう5年くらいでは消化しきれないだろう。リピートは難しい。それは承知。わかってはいるけれど、でもね、いつか、きっと……。(続く)♪

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2006年10月27日 (金)

会津の旅その3

押し出し式の窓の開閉方法や部屋の露天風呂場の使い方なども説明された。共用の露天風呂と内湯にも案内される。食事の部屋は、ゆったりとした造りで、各テーブルの間隔も狭くない。コーヒーが自由に飲める。やったね。
101と102の宿泊客用の2つの個室の食事室は、昨年のリニューアル時に設けたという。「若いカップル客や小さなお子さん連れは周囲に気兼ねなく食事したいという要望があるんです」とオーナー。たしかに、ぼくらも、一般的な旅館では部屋出しを望む。でもね……。
翌日の朝食は、個室ではなく、ここで摂ることにしてもらう。結果、大正解。それはまた明日に。
夕食の時間を6時半にする。夫妻だけで運営しているので、3組の客とはいえ同時の配膳は困難なのだろう。
まだ4時半過ぎ。浴衣に着替える前に宿の周囲を散策。静かだ。ブロック1周10分あまり。誰も歩いていない。クルマも走らず。贅沢な時間。「極上の会津」はここにある。真裏から宿の建物を眺める。別荘地を実感。写真に撮ったが、立木が豊かで、全景捉えられず。

いよいよ、風呂だ。まずは共用の内湯へ。部屋のすぐ隣で、自宅のように裸でとはいかないが、エレベータに乗って移動するのに比べたら、部屋付き感覚。宿にはまだぼくらだけ……、おっ、新しい客が着いたようだ。急げ。
窓が大きく、暗くない。湯船は予想より大きい。5、6人は入れる広さ。ファミリー客も多いのだろう。手すりバーが付いている。うれしい。そろそろ、そういうものの世話になる年恰好になってきた。かつてなら気にもしない、工夫や配慮である。
お湯の流れ出る部分が変色している。源泉の楽しさ。茶褐色がかった、にごり湯だ。最初は、ぬるいと感じる。しかし「ゆっくり浸かれば後になって、汗がしっとり出てきます」との説明にウソはない。つまり、ぬるいわけではないのだ。実際、相方は、そうは口にしない。滑らか、という表現のほうが適切かもしれない。ついつい長湯になる。このあとも露天やらに繰り返し入るのだが、湯あたり名人の相方も終始、ご機嫌。「本物だからなのね」。うん。それに、きっと、ここの湯の質が、ぼくらに合っているんだ。
源泉100%掛け流しを誇らしげに語るオーナー。源泉は58度、流入量の調節を、こまめにするという。ミセスによると、その作業にはかなり苦労するらしいが、「好きだから当然」とでも言うかのように、プライド交じりの苦笑に、ぼくらは、感じ入った。

次は露天風呂。階段を下りていく。建物側からは覗けない。もちろん鍵が掛かる。そうそう、室内の明かりについては、ここも内湯同様、部屋の鍵に付いているスティック状の鍵を差し込むと点く仕掛け。ビジネスホテルでよくあるシステムだ。同時に、室外のランプが点いて「使用中」だと報せる。2階も同様、階下に降りずともわかる。便利だ。
脱衣場の向こう側は、さらに低くなっている。2人には十分な広さ。「2人なら、でしょ」と相方。それは、たぶん、ぼくの体型が……。目線の少し先に目隠し。でもね、そんな心配、しないでいられるほど、庭は広くて、周囲1キロの時間が止まっているかのごとく。心地良い錯覚。紛うことなき非日常、ハレの日。うん、露天日和だ。

部屋で、湯上がりのまったりとした時を過ごす。冷蔵庫は空で、廊下に冷えたドリンクのコーナー。自由に取り出し、あとで精算の自主申告制。いいね。お茶は175円。うむ、買ってくるんだった、でも、駅でオーナーにすぐ捕まっちゃったからなあ~、と、たった25円の違いにこだわり、現実に戻るところが小市民。若干の割高はともかく選択肢が少ないのは玉にキズ。アルコールに弱い身には、もう少しソフトドリンクの幅が欲しい。紅茶党の相方、アイスティーが飲みたかったようだ。
浴衣や髭剃りなどアメニティのコーナーも。浴衣は自由にサイズを選べる。うれしい。「小さな宿だから行き届いた心配り」でも、客に任せるものは、こうして用意しておくだけ、過剰に介入しない、という配慮は心憎い。
お腹が空いてきた。連絡を待ちきれず、浴衣姿で部屋を出る。2組が個室を使い、残る1組は食堂、という形だが、ということは、結局のところ、みなさん「個室」みたいなもので。ゼータクだなあ。(続く)♪

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2006年10月26日 (木)

会津の旅その2

東京駅から東北新幹線。駅弁を食べていると、あっという間に首都圏を離れ、なにやら旅行らしく。と、まもなく、郡山。新幹線は速い。乗換え。磐越西線の電車は、近郊型とでもいうのかな、ボックス席と並び席とがあり、旅気分の前者はすでに埋まってしまっていた。残念。でも、必ずしも旅行客がメインではないようだ。3時前。学生服姿も少なくない。
小1時間で猪苗代湖駅。初めての駅。ふうむ、ここが猪苗代か……。感動少々。それよりも、翌日はここに鞄を預けて会津へとの算段から、コインロッカーの所在を確認しないと。キョロキョロしてると、にこやかに近づいてくる中年男性あり。名前を呼ばれる。
乗降客が少ないとはいえ、「よくわかったわね」と相方、訝しがる。「旅行客然としている男女二人連れだもの」「他も皆、そんな感じよ」「眼鏡を掛けて太った中年男って」「そう言ったの? だったら……」「それにね」「ん?」「連れは美人です、と」「……」

オーナー自らの運転で一路、宿へ。と思っていたら、「ここを曲がれば宿です」という角を、直進。おおっ、人の好さそうな見かけとは違って、おぬし、何を謀ろうと……。「少し曇っていますけど湖の一望できるスポットがあるんです」。ん? 何だ何だ、観光か? それもサービスで? いわく、ぼくらが一番乗り、あと2組はやや遅めのチェックイン予定。それもマイカーなので迎えの要なし。あぁ、ちなみに、この宿は全4室。で、つまり、時間的な余裕があったのですね。
10分ほど山道を登っていく。おっ、ビューティフル。「できれば行きたいと思っていたの。でもクルマがないから無理だと諦めてた。うれしかったわ」と相方いたく感激。こんなサプライズは、もちろん大歓迎だ。宿に着く前から好感度アップ。この気持ちは、チェックアウトまで下がることはなかった。

立地は、別荘地。だからなのか、隣家や向かい側との距離が、高級住宅地のそれ以上にある。サイトで見た写真よりも、静謐感に溢れている。この感覚は静止画では、なかなか伝わるまい。裏庭も相当の広さで、何坪あるって? 400だったかな、相方500坪説、じゃ、中を取って450坪ということで。間違っていたらゴメンなさい。
玄関は、やや広めの、普通の家のそれに近い雰囲気。ホテルのエントランスとは対極で、いかにもペンションふう。好きだなあ、こういうの。受付カウンターが右手に。その奥は厨房。ミセスの姿がチラッと。隣に食堂。4人掛け以上のテーブルが4つ、見えた。4室だから、これで十分なのだが、個室の食事処が別に2箇所ある。その脇にある2階への階段を上ると一般室2つ。チェックアウトの際に、見せてもらった。後で触れる。
共用の内湯へと真っ直ぐ伸びた廊下の両サイドに、2部屋。左手の102号室が、ぼくらの泊まる部屋。中身はあらかじめサイトで確認済み。右手・庭側が101号室、その手前に、露天風呂への通路。「鍵はこうして……」と、オーナーが説明、案内してくれる。ペンションでは通常、しないものと聞く。

部屋に入る。ドアがもう1枚。和風旅館でいえば「踏み込み」かな。「若い人向きでスミマセン」とオーナー。ん? 「この段差が高齢者には……」。あぁ、そうか。洋風、ツインベッドのスタイルだが、脚の短い2つのベッドは一段高いスペースに置かれている。一方、全体の2、3割程度の空間にテーブル・椅子やテレビ台などが。そこだけグラントレベルで、低い。ワンルームを段差によってベッドコーナーとリビングスペースとに区別しているわけだ。
サイトではわからなかったけれど、段差は膝下くらい。座るには最適。だが、上り下りに若干の負荷が。うん、アンチ・バリアフリーだね。翌朝、向かい側の101号室を見せてもらうと、和室とベッドルームとのスイート形式(2間構成)で、なるほど、こちらのほうが熟年層向き。庭に面しているから、窓の向こう側には木立。
対して、ぼくらの部屋は表側に位置し、窓を開けると、そこは道路、風情がないといえば、まあ、たしかに……。でも、雰囲気はかなり違うけれど、ぼくらは102を気に入った。若いから? そういうことにしておこう。(続く)♪

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2006年10月25日 (水)

会津の旅その1

「新選組ブームも一息ついただろうから会津へ松平容保クンに会いに行こう」と相方が言う。本当は役者の筒井某が気に入ったに過ぎないのだが。大河ドラマの効果って、けっこうバカにできず、琵琶湖畔や近江がいま超人気らしい。それどころか、すでに山梨県がアツイと聞く。
宿は、会津若松市内・東山温泉に土方歳三所縁の旅館があると相方がネット検索し判明。トシさんにもご執心であって、って、これも正しくは山本某ファンと言うべきか。「順番が違う!」。山本某のほうの優先順位が高いと相方。「だから函館にも行って五稜郭を見たいの」だそうで。

さておき。「でも東山はイマイチ」。団体客が多そうな、大型ホテルと呼ぶのが相応しい旅館らしい。そういうのは、二人とも好きではない。大広間での夕食は、どんなに美味くても、減点だ。とくに、ぼくは社員旅行とか、個人本意ではない旅を散々経験してきたから、もういいや。稀な非日常を、静かに過ごしたい。本物の温泉を満喫したい。もちろん、リーズナブルな価格で。個人の温泉旅行記が掲載されているサイトを覗く。旅への思いの点で共通点が多いので信頼している。というか、重宝に。訊くと、東山に一時の勢いなく。もはや寂れてしまい、「温泉街」は消えてしまったようだ。
それなら、浴衣に下駄で土産物屋を冷やかす楽しみは諦めて、こぢんまりとした宿がいいか。2泊3日の計画。うち1泊はペンションでもいいね、温泉ならば。でも2晩ともバイキングはイヤだなあ。いろいろとこだわりはある、せっかくの旅だもの。ネットサーフィンを続ける。相方、最終的に東山を断念。

候補は2泊ともペンション。「でも浴衣が用意されてる」「だったら食後にオーナーがギターを持ち出してきて、さあ皆で歌おうって強制されることもないだろう」「1軒は創作料理というのか洋風みたい」「もう1軒は和食だし」。嫌いなわけではないけれど朝食を含め4回、和風料理が続くのは、自宅と変わりがないような気がして……。それに、半世紀ほど生きてきたが(あっ、相方は「未満」です!)すっかり朝はトーストにハムエッグ+コーヒーというアメリカンスタイルに。
観光の中心は若松市内、鶴ヶ城と武家屋敷だけは外せないわよと相方。それから? 近藤勇と斉藤一の墓。そうだろな、オダギリジョーもカッコよかったし……。周遊バスの「ハイカラさん」が便利らしい。乗り放題で500円か、こりゃいい。現地の交通費も無視できないからね。
猪苗代湖観光も楽しそう。「天鏡閣は必須よ」と相方。あいよ。遊覧船にも乗るぞ。ボクは何故か、湖が好きなのだ。そうした情報もネットにある。

準備の一環で、情報収集に役立ったサイトへ報告。すると、そこの掲示板に出入りしている、会津若松在住の人のブログに、何と、泊まる予定の宿のひとつの体験記が。しかも写真付き、最新版。これほどの価値ある生データは、そうそう得られない。感謝感謝。
インターネットの時代とは、こういうものなのだ。かつて、ぼくたちは、旅行業者の提供するパンフレットか旅行雑誌の記事でしか情報を集められなかった。それらは、ときに顧客視点に立っておらず、もし親切な記述があったとしても固定的で、タイムラグは不可避。そして、一方通行。いやいや、何よりも、ウソが多すぎた。
言うまでもなく、いま、ぼくら自身の手により求める情報を手に入れることができる。もちろん、完璧ではない。ニセモノもある。けれど、たった10年前と比べても、ポテンシャルは飛躍的に拡大した。何より、ぼくが、ぼくの必要性において行なうアクション、それこそが「顧客視点」だ。あらゆる企業が「CS(顧客満足)」をアピールする。しかし、果たしてサプライヤーに、真の「オンデマンド」が理解できるのだろうか。
作り手・供給側も、同時にユーザーである、そのことに気付けば、インタラクティブな社会なんぞ、一瞬にして実現する。双方向とは、つまり「公私融合」。と、演説はまたの機会にして。さあさあ、会津へと出発だあ~。(続く)♪

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2006年10月24日 (火)

「旅の宿」

旅行記を始める前に、触れておかなければならないことができてしまった。NHKで「つま恋2006」の模様を放送していたのだ。知らん顔できないよね。吉田拓郎がメインで、かぐや姫も3人揃い、サプライズゲストに中島みゆきだもの。それでも、現場に行きたかったとは思わないが。

3万5000人も集まったらしい。必ずしも団塊の世代ではないようだけど、還暦タクローの熱狂的ファンのパワーにはアタマが下がる。「みんなで一緒に」が好きで、連帯して、石を投げ、社会に出たら、がむしゃらに働き、この国を豊かにした。ありがとう。そして、一斉に退場しつつあり、2007年問題を突きつける。

上の世代へのアンチテーゼなのか下の世代への理解、泣きたくなるほど深く、二度と戻ってこられない「自己探求の旅」を訴求した。おかげで、ニートが定着した。ありがとう。せっかく「自然に生きるってわかるなんて何て不自然なんだろう」と歌ったのになあ~。

それにしても、人は変わる。エンディング曲が「今日までそして明日から」だったのは、どこか暗示的だ。そのうえ、歌い終わった拓郎が深々とおじぎをする姿も、すこぶる象徴的だ。まあ、しかし、「浴衣の~きみは~」実は浅田美代子のことだったと後に知って、ちょっと複雑……。

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2006年10月23日 (月)

前触れみたいなもの

この1週間、とにかくも毎日、記事をアップしてきた。果たして、結構な負荷である。ネタは、半世紀も生きてきたので事欠かないけれど、公にしてもいいのかどうか迷う内容もあるし、あまりにも政治的な事柄、あるいは下ネタは避けたいし……。

何より、瞬間的に仕事の端境期で時間的に余裕があったが、そろそろ忙しくなってくる。当方の世界では、11月の声を聞くと「年末進行」という修羅場続きにもなる。そう、年の瀬というやつですね。だいたい、本当の日記でもなく、律儀に1日1本を堅持する必要もなく。

今週は大阪出張も控えていて、インプットには好条件かも、でもアウトプットは大変。ということで、旅行記を。躊躇いは、あるにはあるんですけどね。プライベートの度合いが高いと思うし、行った、見た、戻った、では書く必要ないし、読まされる側もツライでしょ。

多少は赤裸々に記述しないと、つまんない。でも、詳しく語るほどに気恥ずかさも増すし、旅行は一人のことではなく。連れの存在もあり。「おやおや、忙しいと言いながら~」なんて反応も出そうだし。しかし、ま、ブログとは畢竟、プライバシーの部分公開だもんなあ……。

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2006年10月22日 (日)

さらば愛するモノよ

昨日は偉そうなことを書いたので、バランス・メーカーとして恥を晒します。タバコ、やめられません。いやあ~、まったくぅ、意気地の無さといったら……。昨夏、とある事情で、「卒煙」宣言した。

まずは、ここから卑怯である。「卒煙」とは? 「禁煙」ではないのか。「禁止」だと、1本の例外も赦さないわけだから、もし破ったら「やめるのやめた!」となるのは必定。なんたって35年来の「友」。そう簡単には切り捨てられるわけがない。人情家なのだ。なので、タバコからの卒業となった。これなら、みなさんも、卒業した母校を一度や二度、懐かしさのあまり訪れたり、しますよね。つまり、1本2本はOKじゃないか、と。ズルイ考えですね……。

もちろん、知り合い諸氏への公約なれば、何の変化も無いわけではなく。従来のタール含有14ミリから1ミリへと変更、1日30本だった時代は420ミリだったものが、現在はせいぜい数本だから、ほとんど誤差の範囲内、と言える。まったく喫わない日もある。3日間くらいなら問題ない。で、自分への褒美で1本、これが瞬時に長年の悪癖の記憶を呼び起こすのである。酒宴ではファイヤーウォールも下がりっぱなし。

自分の性格は承知している。all or nothingだけは避けたい。意外なことに、禁断症状さほど出ず。喫わない相手と2時間あまり同席していて「あれ? やめたんですか?」と言われたことも。時間さえ掛ければゼロに到達しよう。いつか、きっと。言い訳してるなあ~……。(^^;)y-゜゜゜

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2006年10月21日 (土)

最強のドラッグ

酒は飲む。なかでも日本酒が好きだ。でも、飲まれたことはない。過去にたった一度、20歳のときに、15分ほど記憶が飛んだ、それがトラウマになっているみたいで。さておき、飲酒運転は、未経験である(日本では)。酒を愛する方々(何人もの親しい友を思い浮かべつつ)に伏してお願い、飲んだら乗るな。

アルコールは判断を誤らせる。酔いを自覚しているなら、なおさら危険だ。長年の喫煙による肺がん発生率の増加云々のようなデータは提示できないが、事例はゴマンとある。そのタバコは、しかし、喫(す)わない人に対して副流煙で害を及ぼすとしても、ストレートには人を殺さない。喫い過ぎのあまり、暴力行為に踏み出す輩を、ぼくは知らない。

タバコは事実上「非合法化」されつつある。自販機では顔写真付きのICカードを持った登録者しか買えなくなる? それもよかろう。だが、酒はどうか。コトは飲酒運転に限らない。正月またはめでたい席などで未成年者に酒を勧めたことはないか。ぼくは、ある。それほど、この国は酒に甘い。甘すぎた。

夜遅く仕事に疲れ満員電車に乗ると、アルコール臭で辛くなることがある。吐いてる奴もいる。禁酒車両が欲しいと痛切に思う。嫌「受動飲酒」権の確立は、いつ?

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2006年10月20日 (金)

たかが愛

間違いなく「フォーク世代」である。吉田拓郎の(ちょっと古いが)全曲集を持っている。井上陽水の「小春おばさん」の入っているカセットテープは擦り切れかかっている。「初代」かぐや姫が好きだ。だけど、「つま恋2006」には何の関心もない。

10年以上も前、拓郎のコンサートに出掛けた。感動はした。半面、老いた姿を見たくなかったなあ、とも感じた。前述の麻丘めぐみは、熱烈なファンではなかったせいか、楽屋で言葉を交わしたけど、ステキに加齢しているなと素直に思った。

カラオケでは9割がた、中島みゆきしか歌わない。「大吟醸」のテープは磨耗した。でも、「夜会」には一度も行ったことがない。行こうとも思わない。ライブに、心が動かないわけではない。実際、ロサンゼルス在住時代、ピンクレディのラスベガス公演を2晩続けて観たし。そのうえ、ライブ盤を買ったりして(日本から郵送してもらったので、えらく高くついた)。

パソコンで音楽を聴ける時代になり(いまBGMは「大銀幕」)、クリックひとつで好きな曲を好きなだけ。いつまでも繰り返せる。レコードのときは大変だった。テープ操作は厄介だった。CDで少しラクになった。素晴らしきかなデジタル技術、は、おいといて、つまり、ぼくは、ミュージシャンとしての拓郎やみゆきを好きなのではなく、かれらの作品(の一部)を愛しているだけなのかもしれない。

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2006年10月19日 (木)

Can I help you?

25年前、生活の拠点をアメリカから日本に移した。当時、英語はお洒落なアクセサリー。流暢に話すことで就職に有利、なんてことはなかった。逆に、電車乗降の際などに、女性に「お先にどうぞ」と譲ると怪訝な顔をされた。キザなのだ。「元始女性は太陽」の我が祖国に、男尊女卑の本音抑制から生まれた建て前「レディ・ファースト」は馴染まない。

ところが、母国語もままならぬ時期から英語を学ばせることを歓迎する時代になってきたらしい。何がどう「進化する」のだろう。劣等感が払拭されるのなら、まあ、悪いことではない。しかし、咄嗟に「おっとっと」の代わりに「ウップス」と口にする子どもが本当に期待されているのか。「国際人」って、そういうもの?

某N社のCMの、助けを求める外国人を見捨て語学学校へと駆け込む姿は、十分に醜い。自虐的な宣伝手法だとは思うけれど、でも、素直に受け取る輩が多いのではないかと心配する。言うまでもなく、緊急の場合に必要なのは、言葉ではなく、行動だ。そして、強烈な動機だ。

英語なんぞ、ただの道具。自慢じゃないが高校での成績は悪く大学では単位すら落としたこのぼくが、6年も英語圏で生きてりゃ、ウォールストリートージャーナル紙も斜め読みできるようになるし、州知事とのインタビューにもビビらなくなる。で、いまや、すっかり日本人に戻ってしまって、ハリウッド映画は字幕に頼る。そんなものさ。

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2006年10月18日 (水)

人生を知らず

しばしば「トシだなあ~」と口にする年齢(とし)になった。多少なりとも「自虐私観」ではあるが、もう若くはないと自覚するようになったことに間違いはない。体力の衰えやら、実際の数字ももちろんだが、若さへの興味が薄れたことが大きい。

ミーハーであることに自信はある。が、若いタレントや歌い手の名前が覚えられなくなり、違いが判別できなくなってきた。えびちゃんとかいう人気モデルと伊藤美咲とかいう女優との区別がつかないのだ。下手くそな演技・歌にもガマンならなくなった。

前述の仲間由紀恵も当初、セリフは棒読み、表情にメリハリ無く。それでも「ん? イイね」と思う自分に赤面。麻丘めぐみ、アイドルだったろう、ミュージシャンではなかろう、が、生で歌を聴く機会あり。さすがに上手い。演歌は好きではないけれど「津軽海峡冬景色」はカラオケで披露する、石川さゆりの歌声にも接した。カンドーする。

本物はいい。まあ、しかし、百均のフェイクも愛して止まないのだけど。つまり、いまはまだ人生を知らず? なのかなあ……。

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2006年10月17日 (火)

ポセイドン

話題の映画なので、DVDを借りて、観た。2時間を越
す超大作かと思い込んでいた。98分は意外。そかそ
か、人間ドラマを描くことを避けたのね。全編、沈
みゆく船からの脱出劇。主人公たちが水の中を泳ぐ
シーンでは、思わず息を詰めた。10点満点で8くら
い。CGも、それとわかっていて、素晴らしい。

映画評の個人ブログでは、だけど、72年製作のオリ
ジナルに比べ人物の葛藤などが省かれたこともあっ
てか批判的なトーン。ふうむ。そう言われればそう
かも。でも、30年も昔のこと、あんまり覚えてない
なあ~、単なるパニック映画じゃなかったけ……。

当時、映画はアートしていた。人生とか愛とか、人
間とは、といったものを主題にし、考えさせられる
内容が少なくなかった。当方、悩み多き青春してい
たから、「ポセイドン・アドベンチャー」は、エン
ターテインメントとして楽しんだような記憶。

一人だったか。誰かと? 忘れたなあ~。あのころは、
デートコースではなかったような。いずれにしても、
映画館へはよく行った。TSUTAYAなんか無かったし。
学割だったし。あ、いまはシニア割引が適用された
りして……。

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2006年10月16日 (月)

功名が辻

大河ドラマ、好きです。去年は学芸会レベルで酷かっ
たけれど、今年のは、芸達者ばかりで観ていて安心で
きるし、多くの人が好む戦国物。信長・秀吉・家康の
流れは、やはりワクワク。脚本も秀逸。

というのは、まあ、ウソじゃないけど、個人的な最大
のミソは女性たち。永作博美、仲間由紀恵。大好きな
女優ベスト3のうちの二人までもが出てるんだもの。
いやぁ、まったく、史実を曲げても淀に生き残らせた
いし、家康に味方してしまう山内の女房も応援したい
し、悩み多く。

千代の描き方が現代的すぎるのは仕方ないとして、そ
れならいっそ、一夫一妻制を信じて疑わない現代人だ
と仮定してみても面白い。歴史に不得意でも誰が江戸
幕府を開いたかくらいは知っていよう。恩ある豊臣家
を見捨てる理由は「学校で習ったから」というのは?
妄想が過ぎるかしらん。

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2006年10月15日 (日)

はじめまして

みながすなるブログというものをしてみんと……。

パソコンに触れるようになって20年余、メールを始め
てからは17年。ネットでは、ホント、いろいろな経験
をしてきた。自己サイトをつくったことも、仕事で手
掛けたことも。

一方で、原稿を書くことなら30年ほどキャリアを積ん
できた。見知らぬ読者を相手にも。さらには、顔の見
える「仲間」との語らいはオンライン上で、いまも続
けている。もちろんオフも。

まったき不特定多数を相手の「日記」には、しかし、
いささか抵抗があった。

でも、ま、いいかっ。そんな気になった。トシという
ものかもしれない。

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